週間ブログ拍手ランキング【08/04~/10】

2016年08月11日 13:40

08/04~/10のブログ拍手ランキングです!



なにはともあれ、本当は息子を救っていた内藤正成 42

政宗御茶水の堀をほる事 25

物見の衆をよくよくご吟味あって 22
向後かたく御無用に御座候 21

仙台政宗老後の事 13
秀吉はこの榎の大木でばかり 13
道三神脈の事 13
沢庵壁書の事 13
たばこというものが我が国へもたらされ 13
「徳川家の良き士は数を知らず」 13
代官と徳利の首にはついに縄の付くもの 13

黄後藤こと、後藤信康について 12
後藤基次は見殺しにされたという説がある 10

天守御櫓の事 8
しかし上杉謙信は天主の称を憎んで 8


今週の1位はこちら!なにはともあれ、本当は息子を救っていた内藤正成です!
これは本当にいいお話。まさか「乗せる」と「棄てる」のくずし字を間違えていたとはw
このくずし字というのは厄介で、特に戦国時代は文字のくせに全国一律の「決まり」が殆ど無く、その人その人のフィーリングで
書いているようなところがあって、判読が非常に大変なのだそうです。
そういった文字なんだか暗号なんだか解らないようなくずし字が、全国的にほぼ一定の法則で書かれるようになるのは江戸時代の
だいたい徳川綱吉の時代。江戸を中心として、読み書き教育の普及した結果らしいですね。
そういう意味で、日本列島が本当に「統一」されたのは元禄時代くらい。なんて言説もあったりします。
そんなことをふと思い出したお話でした。

2位はこちら!政宗御茶水の堀をほる事です!
この逸話とは直接関係は有りませんが、朝鮮役の時、伊達政宗が朝鮮から、母の義姫に出した書状を思い出しました。
朝鮮で城普請をしていた政宗が、その普請技術について「上方の連中にも負けてませんよ!」と、義姫に自慢している
内容の書状です。まあこれはこれで、そんなにお母さんからほめて欲しかったのか政宗、と妙にほっこりしてしまうのですがw
一般的にはこの時、伊達家は上方大名の普請技術のノウハウを得た、と言われています。
この逸話の普請も、そこで得た技術がベースにあるのでしょう。
そんなことを思ったりした逸話でした。

今週管理人が気になった逸話はこちら!物見の衆をよくよくご吟味あってです!
これで思い出したのが信玄の跡をついた、武田勝頼が織田信長に負けた、長篠の戦いについてです。
この時、信長は自分の軍勢を少数に見せることに成功し、そのため勝頼は決戦を決断した、と言われます。
すなわち勝頼、ここでは武田旧臣たちが誇っている「物見で負けた」とも言えるわけですね。
これについて、武田が索敵に自信があったが故に信長の策にハマった、と考えるとまた面白いな、なんて感じました。
一つの逸話から、広がって色々想像できるのも、逸話の面白さの一つですね。



今週もたくさんの拍手を各逸話に頂きました。いつも有難うございます!
また気に入った逸話が有りましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
( ´ ▽ ` )
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