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原文「唯今虫けらのやうなる子ども候」

2016年09月23日 14:25

96 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/22(木) 21:29:35.60 ID:SBZd/A5r
今発売中の別冊宝島「戦国史を動かした武将の書簡」というものに、武将の手紙が
カラー写真で載っている。文章は知っていたが、手紙そのものをカラーで見るのは初めてのものも
多い。その中で、ちょっと悪いかもしれない話。

原 文「唯今虫けらのやうなる子ども候」
        ↓
口語訳「虫けらのような分別のない庶子がいる」

虫けら呼ばわりだが、原文の手紙を見ると、年少の子どもなので
「まだ小さくて、物事の分別がつかない虫のような子どもたち」という、気の毒に思っている
ニュアンスがある。



97 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/22(木) 23:41:33.75 ID:aXC+X0IO
元就「虫けらのくせに立場をわきまえないから家騒動や謀叛が起きるんだよ。

99 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/23(金) 12:29:28.42 ID:v51T/mcu
虫けらの子孫が毛利の嫡流になるとは
思っても居ない元就でした

101 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 05:46:27.15 ID:MebFjYs2
3人が結束すれば、3本の矢のようにと、先祖の遺書を読み上げて訓示するが、
虫けらのことは伏せとく情報操作。

102 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/09/24(土) 06:25:36.41 ID:O5X/52cq
>>101
広島城の二の丸にその虫けら云々ぬ手紙展示してあった気がする

106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 09:13:36.90 ID:FJgE9Zqf
ノブも信忠と信雄以外の子供はガチで虫けら扱いだったけど
なぜか信孝だけは例外

108 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 10:26:50.80 ID:lCi6cimj
信長自身が庶長子差し置いて家督を継いでるから
庶子と嫡子の扱いが全然違うし
戦国では常識なんだよな

権現様が異常なだけ

109 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 14:06:08.96 ID:lApELJe1
烏帽子親が柴田勝家だもんな
津田信澄が養育されてたのも柴田勝家
佐久間盛政といい柴田勝政といい勝家が教育した子供は有能だ

113 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 18:33:59.69 ID:MebFjYs2
>>102 サンフレッチェは、3本(サン)の矢という意味だそうだが、
2軍選手に向かって、虫けらのよう
と言ったらやはり怒り出すだろうか。

114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 19:18:08.76 ID:VxWqyVUz
言葉の意味や使い方なんて時代で変わるんだから、今の価値観で虫けら?酷い!ってのはいかがなものか。
子供の「供」は供物、って意味だから問題があるなんて言葉狩りが最近あって、メディアではひらがな表記になったとか。

300年後には昔の人は子「供」と書いてる、野蛮!と言われるようになるのかな。

116 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/24(土) 23:49:36.43 ID:0CbiVLMf
>>114
数年前、嫁が役員やってる子供会の名称が、「〇〇市子ども育成会」に変更になった。
こどもはおとなの「供」ではない!との観点から、名称を「子供育成会」から「子ども育成会」に変更しました、って説明受けたが・・・。

129 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/09/26(月) 22:47:42.76 ID:baLYiMg9
スレチなので小声で
三年前、文科省は子ども表記を子供表記に変更した。文科省の公用文は今は子供表記。
一方で厚労省はまだ子ども表記。一般にこれが知れ渡るのはまだ先だろう。
当方は三好記の記述をさらにしりたい。一宮成祐の奥方はどう処遇されたのか。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    こればっかりは研究者の解釈で左右されちゃいますよね?
    長い年月ともなれば、言葉の意味とかも変わる事も多いですし。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    子供を沢山作った上でお家騒動を起こさないための方便だと思うな。
    母が違うなら育てられる場所も別々であんまり会わないだろうし、そんな他人も同然な弟たちを
    父に「優遇してやれ」って言われて渋々領地沢山やったり、養子先の家を優遇したら、
    正室三兄弟の方にも不満が残るだろうし
    異母弟たちは異母弟たちで経済力とか権力ためた上で
    「元就の子である自分は、上の三人と同様に、毛利家の利益or毛利家自体を手に入れる資格がある!」
    って調子に乗るかもしれない。そうしたらどんどん兄弟間が険悪になってぐっちゃぐちゃの争いになりかねない。
    最初に元就が「虫けらのやうなる子」とか言っとけば、
    三兄弟は(そ、そこまで言わなくてもいいのでは……?)って自主的に異母弟たちを憐れむかもしれないし、
    逆に本当に使えなさそうな奴を飼い殺しにすることもできる。

  3. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    元就はどっちのニュアンスも含めて書いていると思うんだけどな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    爺さんは結構当時のスラング的な
    独自の言い回しをするそうなので
    大した意味はなかったりして

  5. 人間七七四年 | URL | -

    元就自身がよく分からない人だからなあ。
    謀反未遂を起こした異母弟を誅殺したかと思えば僧籍に入っていた足の悪い末弟をわざわざ還俗させて傍に置いてるし。
    普通こんな事があったら寺に入れたままにして軟禁しとくんだが。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    輝元「ろくでなしの叔父さんばかりで困ってます。おや、小早川の叔父さんの足音が・・・」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    元々誅殺した弟の元綱との仲は悪くなかったとも言う。
    後々嫡子を取り立ててるし。
    還俗させた弟もやっぱり血の繋がった兄弟に側にいてほしかったのかまたは側に置いて謀反に担ぎ出されるのを防ぐ意味があったのかもね

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    小早川のおじさん「もういっぺん言ったらチェーンソーでお仕置きだからな」(ボロ雑巾見たくなったTERUを踏みつけながら)

  9. 人間七七四年 | URL | -

    真田信昌「俺たちも父上にとっては「虫けらのような子供」だったんだろうな。犬伏の時に置き手紙だけ残して何にも言わないし。」
    信勝「兄上は松代から九度山に物資を届ける役目をしたからいいじゃないか。俺こそ「虫けらのような子供」で、なんも言われないし。」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    庶子ってよりも三兄弟と年が離れてて世代が違うのが大きいんじゃないの?
    嫡男と年上~同世代の庶子ならいろいろと気使うもんだと思うけどね

  11. 人間七七四年 | URL | -

    毛利元就がこの『三子教訓状』を書いたのが1557年。この時元就は60歳を超えていて、息子たちは数えで、
    隆元35歳、元春28歳、隆景25歳
    穂井田元清7歳、毛利元秋6歳、出羽元倶3歳ぐらいか。この後も生まれてるけど。
    そろそろ完全引退するつもりで 
    「幼い息子たちについてはお前らに任せるから、こっちに気兼ねせずに都合のいいようにしてくれ。
    まあちょっとは憐憫かけてやってな。」
    という感じで書いたんだろう。
    まさかその後3歳の元倶が元服するころにも毛利家の舵取りを続けてるハメになるとは。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    話している相手を立てるために身内を低く表現する言葉って現代でもいくつかあるし(愚息、愚妻etc...)、そういう感覚で使っていたのではないかと思った

  13. 人間七七四年 | URL | -

    正室腹の吉川元春すら「イヌのよう」呼ばわりするような奴だからなー元就って
    この虫ケラ呼ばわりにも庶子を差別するような意図はないんじゃね

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