大将はみなもとうぢの茶臼山

2016年10月03日 14:58

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/03(月) 01:30:59.71 ID:wHxNv412
慶長十九年の冬、将軍様は大坂の城へ寄せさせなさった時、日本六十余州の軍兵は一騎も残らず出陣した。
本陣は天王寺の茶臼山にあったので、何者が詠んだのだろう

大将はみなもとうぢ(源氏:宇治)の茶臼山 引まはされぬ(臼を挽く)もののふぞなき


(醒睡笑)




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この記事と関係ないけど、東インド会社の職員が商館長に報告した書簡に
    「豊臣秀頼が、夏の陣で徳川に寝返りしようとした大名を城壁に突き落とした。」と書かれたのを発見されたらしい。
    「突き落とされた大名」が誰か分からないけど、秀頼、大男説は本当かも。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    >>秀頼は大柄だった説
    祖父にあたる浅井長政が大柄だったと言う説があるので、
    遺伝的に孫たる秀頼が大柄と言う事は、十分有り得ますよね?
    ちなみにPS2の決戦では、秀頼が槍持って騎馬突撃する豪腕があるw

    >>落とされた大名
    普通大名クラスなら必ず名前残るだろうから、何かしらの部署の侍か、
    番頭・組頭クラスなんじゃないの?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1の話は少し前に出たのにまとめられてはないのね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    「家康は幸村に殺されて、幸村は南へ逃れた。」とテレビでやってたみたいだけど、見逃した。
    誰か見た人は詳細を教えて下さいませ。

    悪久「やっぱり、南に来るのかよ。」
    伊豆守「そば粉だけは送るから、金は請求するなよ。」
    酒屋「幸村様から、焼酎代は「伊豆守宛てで」と言われ、請求に来ました。」

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