細川忠利「うつけ者!」+「おまけ」

2016年10月05日 11:54

221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/04(火) 23:20:15.20 ID:EUk1JjrN
細川忠利「うつけ者!」

ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3506.html
↑この話で森忠政の跡継ぎになった長継と細川忠利のその後の話

将軍家光公の御上洛の折、森美作守(森忠政)様が京都で亡くなられたのを、
忠利公は代々心安く(森家に)出入りされていたので既に存じられていた。

何某とか名は覚えていないが「最早お亡くなりになられました」と(忠利に)申し上げると
「うつけ者!」とお叱りになられ(忠政が)ご存命のときの如く(森家へ)直に行き
「内々お願いしていた通り、内記(長継)殿ご養子のお願いは妥当だと思われているので
正式に認められるまでの間、少しも気になさらない様に」
と高々と引き受けられ、お帰りの時にご家来共歴々に
「最期のお願いは聞き届けられました、いずれも安心して下さい」とおっしゃられたので
先程叱られていた人も感涙し、その他の歴々ご家来共もまた涙を流しありがたがった。

このような様子だったので、内記様は美作十八万石と津山城を無事拝領された。
内記様という御名も(長継の)御所望にて(忠利の初任官時の官職、内記にちなんで)
おつけになられたと承っている。

――『旦夕覚書』

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/04(火) 23:20:56.20 ID:EUk1JjrN
おまけ

寛永十四年十月十二日 森長継細川忠利書状

「一筆申し入れます。貴方から鹿毛の馬を頂いたとき『よそへやるようなことがあれば
貴方に絶対お返しします』と約束しました。この馬を肥後守(光尚、忠利嫡男)が見る度に
『乗りたい!』と言って借りるので、常時貸すことになってしまいました。
もっとも貸すことはないと言っていましたが、貸したと言っても我らの所にいるのは変わらず
(光尚は他人ではないので)この馬を借りたときのまま約束は破っていません。このことを
お聞きになられて、肥後守に勝手にやったのかと思われたら迷惑なので書きます。恐惶謹言」

――『細川家史料』




223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/04(火) 23:45:37.14 ID:yrg8J4ID
>>221-222
…まあ三斎様の息子らしい、としか言えんw

224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/05(水) 00:29:50.65 ID:gOIwRA7i
できすぎ君忠利

225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/05(水) 01:14:22.18 ID:OZ+2mprs
忠利は優等生なイメージもあるけどやる事はやる

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    忠利が「おまけ」って言ったのかと思った

  2. 人間七七四年 | URL | -

    忠利、光久、忠宗と某四天王の息子たちは基本有能で(親父に比べると)いい意味でクセが少ないイメージ

    …反面教師?ナンノコトカナ(棒

  3. 人間七七四年 | URL | -

    おまけの手紙が微笑ましいw
    お馬さんは忠利親子に可愛がられてるようで
    良かった良かった

  4. 人間七七四年 | URL | -

    周囲から色々気を使ってもらって津山藩存続できたのに
    数代あとで跡継ぎが自殺で断絶とか。
    森家は先祖がなにか悪いことしたのかな。
    あ、人を殺しすぎたんだっけ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    鬼「殺るか殺されるかのアットホームな当家の家風にケチをつけるつもりか貴様?」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    煽りが、あ、やりすぎ。
    森家代々で見るならあ、やりすぎってほどでもないと思う。長く続けるのはやっぱ難しいんだろうな。

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