細川三斎先見〔大坂陣起こらんとする前〕

2016年10月08日 21:10

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/07(金) 22:16:35.47 ID:ydBTguYg
細川三斎先見〔大坂陣起こらんとする前〕

軍講者宗耕の話である。

 大坂陣起ころうとする前、細川三斎は領国にいた。
宇土から熊本に行く途中、何者かが馬上で深網笠をかぶって行く者に会った。
三斎はその者と間近くで行き過ぎざまに振り返った。

三斎は左右に問うた。
「今の馬上の士、お前たちは何者かを知っているか。」

「知りません。」

「あれは塙団右衛門だ。どうしてこの地に来たのか。
我はあやうく打ち捨てようと思ったが、そのままにしておいた。
もしかすると、遠からず変事が起こるだろう」

 果たして、その後間もなく大坂の乱が起こったという。
後に思うと、塙は薩摩へ行く途中であろう。そうならば大坂の戦の最後で
秀頼も薩摩へ落ちて行ったが、なにか薩州と由縁があるのだろうか。
神君にも御弁えられていることなので、捨て置かれしとのことなのだろうかと。

 またこのことをある席上で細川の留守居へ問うと
「この話にでてくるのは、まさしく三斎である。」
と言ったそうだ。
薩摩の留守居も居たが、
「これはどうしたことであろうか、よく知りません。」
と答えたそうだ。
思うに、薩摩の留守居は憚ったのだろうか、そもそも知らなかったのだろうか。
(甲子夜話三篇)



227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/07(金) 23:46:30.86 ID:hBlmd/qS
細川の肥後入りって大坂の陣より後じゃね?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    どこからツッコんでいいのやら。
    仮に中津時代の話だとしても、何故に塙みたいな小物をを見知っている。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    奉公構の回状が来てたとか?

  3. 人間七七四年 | URL | 27Yb112I

    たかが奉公構の出てる奴を見かけた位で
    打ち捨てようと思うとは・・・

    まさしく三斎である。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    権現様が、大阪に入る名ある牢人として「御宿勘兵衛」と「塙団右衛門」を挙げたんだから
    それほど小物じゃないかもよ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    普段からサツガイレーダーの電波ゆんゆん飛ばしてるのか…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ここまで「いかにも逸話」って内容のも、久方ぶりに目にした

  7. 人間七七四年 | URL | -

    米3
    ちょうど36人目とか48人目とかキリのいい数だったんだろう

  8. 人間七七四年 | URL | -

    塙「げん担ぎにさつまいもを、ちょっと…」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    琉球「まだ薩摩まで持ち込んでねーよ」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    悪久「真田といい、こいつといい、なぜ薩摩を目指す。北に行けよ」

  11. 人間七七四年 | URL | -

    (●∀゚)「ウチでも受け入れしてますけど何か?」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    宇喜多秀家「南への道、切り開いておきました♪」

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※9殿
    1611年に琉球征伐の後始末で琉球に残っていた薩摩の人が
    帰るときにいくらか薩摩芋を持ち帰ってきたそうです。
    (栽培するまでにはいたらず)
    焼酎学の先生から聞きました。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    信繁「島津殿、だって秀頼様、私らが押し掛けたら、伊達殿や片倉殿に面倒でしょう。あっ、真田紐とそば粉をお土産に持ってきました。」

  15. 人間七七四年 | URL | -

    しろいしは しろきこむぎこ うーめんのちにて

  16. 人間七七四年 | URL | -

    小物ではないわな。

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