週間ブログ拍手ランキング【10/06~/12】

2016年10月12日 13:46

10/06~/12のブログ拍手ランキングです!


妙玖の方、吉川家臣を説得 30

細川忠利「うつけ者!」+「おまけ」 18

はや此分にては身上続ましき… 16
ある戦陣での戸次道雪と朽網宗暦・宗策のやりとり 14
雲州侵略会議、大内家終わりの始まり 13

同じ子にて候えども 11
浅はかというのも愚かである 11

光泰、朝鮮に於いて石田が為に毒殺に遭う。 10
刀で柱にざっくり傷を 10

利家様の仰せによると、 9
入田丹後の最後 9

細川三斎先見〔大坂陣起こらんとする前〕 6
千光禅師将来の俳優并高麗町。熊川明神 6
入田家の後日談 6

しろみず坂 5
太閤の耳塚は 3
合戦は百日の内に埒の明くもの 3



今週の1位はこちら!妙玖の方、吉川家臣を説得です!
吉川興経謀殺に関する、ツッコミどころ満載の逸話。陰徳記といえば江戸初期の岩国藩家老、香川正矩が書いたもので、
岩国藩と言えば勿論藩主は広家以来の吉川氏であり、この事件のまさに当事者と言えます。そんな家の史書が何故にこんな、
初歩的なミスをしているのか。当時吉川家にそういう伝承が有ったのか、そうしないと「吉川家乗っ取り」の陰謀劇として
生々しすぎたのか、いろいろと想像が膨らみます。
史書からは、それが書かれた当時の価値観、歴史観が反映され、それ自体が「史料」として研究されたりもします。
そんな事も思い出すお話でした。

2位はこちら!細川忠利「うつけ者!」+「おまけ」です!
良くも悪くも、忠興の個性の前に影の薄い印象の有る細川忠利ですが、さすが忠興の息子、という印象を受ける内容ですね。
そのハッキリとした、揺るぎない価値観を感じさせる物言いからは、あの忠興・忠利往復書簡でも、きっと様々に鍛えられたの
でしょう。
こういうものを見ると、もっと忠利という人物の個性を知りたく成りますね。そんなことを思った史料でした。

今週管理人が気になった逸話はこちら!浅はかというのも愚かであるです!
大友宗麟の日向侵攻における寺社破壊についてのお話。
戦国時代、侵攻してきた軍がその地の寺社を破壊するというのは珍しいことではなく、それこそこの時の敵である島津だって
やっている事ですね(だからこそ”禁制”に意味も価値も出てくるわけなのですが)。ですがこの時の大友軍の「狼藉」に関して
非常に強い批判が当時も今もあるのは、それが単純な戦争行為として行われたものではなく、キリスト教価値観のもとに行われ、
おそらくは住民の「強制改宗」も見通した行為だったこと、耳川の戦いで結果として大敗北を喫したこと、島津がこの時の大友の
行為を「神敵、仏敵」と喧伝したこと、などが想像されます。またキリスト教が最終的に、邪教として禁止されたことも大きいでしょう。

よ「く歴史は勝ったものがつくる」なんて言われたりしますが、僕はその見方はとりません。勝とうが負けようが、「残った者」
が綴るのが歴史ですね。大友は結果的に、大きな勢力として残りませんでした。その事も、こう言った評価の一因と感じます。



今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつも有難うございます!
また気に入った逸話を見つけたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
( ´ ▽ ` )

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