元就、軍議の席次を巡って争う

2016年10月16日 15:38

216 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/10/16(日) 08:19:22.67 ID:IWC7trJD
元就、軍議の席次を巡って争う

天文22年(1553年)、先年の陶隆房謀反の後、大内家の当主が義隆から義長へと代わると、備後国で元々大内方だった旗返城の江田隆連が離反し、尼子方へ鞍替え。尼子晴久は数万の兵を備後に向けて発する。
これを討つため毛利元就をはじめとする安芸の国人衆の軍は旗返表へ集結。次いで大内義長の命を受けた陶尾張守入道全薑(陶隆房改め晴賢)が同年6月10日に1万の兵を率いて旗返に到着すると、大内方の諸将は旗返攻略の軍議を開くため陶の陣に集った。

いざ軍議を開こうという段になって席次を巡り争う者があった。毛利元就と平賀太郎左衛門隆宗である。

元就は、「合戦評定のときに、陶の入道の左の席は元就でなければならん。何故なら
すでに備芸の半分以上を幕下に収め、そのうえ一昨年の上洛の際には、
万松院義晴公のご推挙をもって従四位に叙せられたうえに義晴公にご相伴まで許されているのだ。
だから、安芸や備後国の中には自分に肩を並べる弓取りはいない。
誰が自分より上座に座ることができるというのか」と主張し、対して平賀太郎左衛門は

「元就の武威がどんなに盛んで、
当国の半ば過ぎを手中にしているといっても、
昔から宍戸・平賀・毛利といい続けてきたものだ。
昔から決まっている座配なのだから、正四位であろうと従四位であろうと関係ない。
陶入道の左の席には、しきたり通りこの隆宗こそが着くべきだ」と言い返した。

どちらも主張を譲らず平行線となり、陶もその様子にこのままでは敵と戦う前から味方が割れてしまうのではないかと内心ハラハラしながら見ていたものの結論は出ず、陶入道は
「私の判断ではどうにもならない。ならば神前にて決めよう」と提案すると、元就と隆宗もこれ以上話しても仕方なしと判断し、近くの八幡の神前にて占いを受けたところ
「左の座は元就」
と神託が下った。しかしそれでも一同は納得せず、15日は元就、16日は平賀と順番に左座に着席して会議を行った。

(陰徳記)

元就にしては大人気ない珍しいエピソードの様な気がする。後、平賀隆宗はこの4年くらい前に死んでるはずなんだけど陰徳記だからまぁ良いか…

217 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/10/16(日) 10:34:24.81 ID:IWC7trJD
>>216の事について改めて調べて見たけど従四位の叙任や相伴衆になった年もこの話より未来の出来事だな… どんだけ適当なんだよ香川さん…

続き
大内勢、味方を討って手柄を得る


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    陰徳記はホントに
    出来事が前後したり、発生年代に矛盾が出てきたり
    イメージで読むしかない部分が結構あるよなw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    家格で言えば
    大江氏直系の毛利に対して安芸の宍戸、平賀は藤原氏庶流のさらに庶子の家系で二段ぐらい落ちるんだよなあ。
    特に平賀は相当怪しい家系だったりする。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    陰徳記より虚飾が多い陰徳太平記て
    どんだけー
    と思ったわw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    「平賀」って苗字でふと思ったんだけど、江戸時代の平賀源内ってもしかして、子孫とか傍系の一族とかなのかな?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    ウイキペディアの平賀源内の項を見たが、先祖は信濃の平賀氏(源姓義光流平賀氏)だそうな。
    安芸の平賀は既に書かれてるが富士姓平賀氏だから、大元は違う様ね

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5訂正
    ×富士姓平賀氏
    ○藤姓平賀氏

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    毛利「大江広元!」
    宍戸「八田知家!」
    平賀「…ま、松葉資宗」

    松葉 is 誰

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ただこういう争いはおき勝ち。
    冷戦期に、ソ連の権力争いを席次で大会とかの大規模事業の席次で判断するクレムリノロジーというのがあった。
    鎌倉幕府も、新年の会食の順番、席次で大体幕府首脳部の順位がわかる。

  9. ※4 | URL | -

    ※5・6さん
    成る程。ありがとう。
    超絶うろ覚えだけど、「ズッ○ケ三人組シリーズ」で源内が讃岐(香川県)出身だとか書かれてた気がしたから、だからこの人もなんか関係あるのかな、と思ったもんで。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    平賀は毛利の国取りの段において
    かなりの重要ポジだったのはなんとなく分かるんだが、
    詳細ホントにわかんないね
    安芸由来と伊予由来の一族がいるらしいし、ホント謎

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