「薩琉軍記」について

2016年11月16日 22:01

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 16:34:37.11 ID:WRGo2PvK
いい話の方で軍記物の話が出てましたが、やっちゃった感について一例を。

1609年の薩摩の琉球攻略についての軍記物を「薩琉軍記」と総称して研究が進められていますが、
そのうち、目黒将史「架蔵『島津琉球合戦記』解題と翻刻」から。(PDFで閲覧できます)
某板某スレで火葬戦記と評されていましたけれども、これは酷いw

琉球は基本的に異国・異世界扱いで、三国志演義の南蛮討伐と世界観が同じようなものですね。
実情はともかく、日本でイメージされていた講談での中国世界そのまま。

島津勢の総数が10万5873、これがまた一々武将名と軍役を挙げてディテールに妙にこだわってる。
対する琉球は高さ34丈の城門など、4里四方の王都に3万騎の軍勢で守備し、もちろんその他にも
相当数の軍勢です。

戦の展開はもうどうでもいいようなもんだけど、戦後の論功行賞で、薩軍が討ち取った首級が2万9307、
損害が1843とか。

数のインフレも異世界だとあんま難しいこと考えないでいいのかなあ。

立教大学学術リポジトリ  目黒将史 架蔵『島津琉球合戦記』解題と翻刻
https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=6639&item_no=1&page_id=13&block_id=49


305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 16:36:05.72 ID:WRGo2PvK
実際の薩摩の琉球攻略の研究では、沖縄の研究者によって最近いろいろと本になったり、歴史雑誌に載せられたりとありましたが、
実のところ史料の扱いに疑義が呈されていたりしますんで難しいものですね。



306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 18:04:58.30 ID:1rlij8XH
>>304
ちょうど今、沖縄に住んでるので興味深いです。
薩摩藩の琉球侵攻についての入門書的なものご存知でしたら、ご教授いただけませんか?

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 19:20:28.25 ID:cznpWbrV
いまの沖縄の人の研究話はそれこそフロイスと同じで話し半分で聞く程度でしかないんじゃ

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 20:17:46.41 ID:LDUIBqx2
>>306
とりあえずこれが一番いいと思う

琉球王国と戦国大名 島津侵入までの半世紀
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b214961.html


309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 20:19:47.78 ID:Iqooltxr
>>306
まず読むならばこれでしょうか。

上里隆史『琉日戦争一六〇九 島津氏の琉球侵攻』

著者の出世作で、島津の琉球侵攻が注目される嚆矢ともなりました。
ところが、戦時の当事者の書いた一次史料だけではなく、後になって政治的思惑や顕彰目的で書かれた文書まで
無批判で取り入れているんじゃないかとの批判が出てきました。

琉球王国~その真実の歴史
http://blog.livedoor.jp/neoairwolf/

それを検証したのがこちらのサイトですが、管理人はかなり基地外入った人(本人が自称してるから構わんでしょう)
ですけれども、その論考は確かな説得力があるので評価を得ています。
上記の本を読んでから、サイトに目を通して見ればいいと思います。

それに補足して、>>308も目を通しておけばいいんじゃないでしょうか

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/16(水) 23:35:16.70 ID:7/SL5c8d
島津の琉球侵攻って
琉球王朝が元亀年間に奄美に侵攻した逆襲じゃないの?

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/17(木) 07:51:37.39 ID:GDJQT7/A
>>310
そりゃ反応遅すぎだろ

313 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/18(金) 01:20:52.31 ID:43f1UwnJ
島津の琉球侵攻と関係ないけど小説の琉球処分は面白かった
著者が琉球政府、沖縄県庁の経済や歴史編集役人を経て沖縄県立博物館長だったので
太政官政府より琉球寄りかもしれないが冒頭は寺田屋事件生麦事件に関係した
奈良原繁が琉球へ赴いたことも書かれており面白かった
もっとも幕末の奈良原繁のことは触れず官吏としてしか書かれているに過ぎないが

316 名前:306[sage] 投稿日:2016/11/18(金) 18:22:17.68 ID:iAUdVKIa
皆様、情報提供いただきありがとうございました。
ご紹介いただいた書籍やウェブサイトに目を通していきたいと思います。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    薩摩サイドの情報メインになるけど、『さつま人国志誌』の「島津氏の琉球侵攻400年」シリーズとかがネットでも読めていいんじゃないかな。102-114あたりです。
    ttp://373news.com_bunka/jikokushi/index.php

  2. 人間七七四年 | URL | -

    さつま人国志は時間の無駄。上里隆史の下位互換。
    つーか琉日戦争はさつま人国志も参考にして書かれたものだから。
    薩摩側史料については俺のブログで主要史料の原文を公開しているから
    時間が大事ならそれを直接読んだ方がいいよ。マジで。

    琉球征伐史について、現在の学界で支配的な
    「琉球も敢闘したニダ!」史観の源流は、
    紙屋敦之が那覇市史に書いた概説。
    (上里は紙屋の弟子)
    紙屋は琉球側史料として「歴代宝案」
    薩摩側史料として「渡海日々記」を採用すると宣言して
    この相互に矛盾する史料を無理やり継ぎはぎして一文を書いた。
    上里の琉日戦争のベースはこれ。
    上里は、そのほかの史料も切り刻んで、
    紙屋の錯乱した文章に継ぎ足してボリュームアップしただけ。

    さつま人国志は、琉日戦争の少し前に書かれたもので、
    やはり紙屋ベースに、琉球入ノ記を貼り付けたもの。
    上里は明らかに、これも元ネタにして琉日戦争を書いている。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    「ニダ?」
    なに言ってんだコイツ・・・

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ↑日本語が読めない奴発見wwww

  5. 人間七七四年 | URL | -

    フロイスは話半分に聞いちゃダメだろ

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