三原城石垣の紋

2016年11月21日 17:33

334 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/21(月) 00:43:23.79 ID:UCg95lBi
三原城石垣の紋

 備後の三原城の外郭、石垣にはいろいろな紋が刻みつけてある。
升形、瓢箪、円形、短冊等である。
その故は
織田右府が毛利氏を討たれた時、豊閤がすぐにこの城を築き諸方から普請の助役があり、
その助役に出たものを区別する印であるという。
京の大仏殿前の石垣も、献備した諸大名の紋を刻んだのと同じ事だという話だ。
三原城は今芸侯の臣浅野甲斐が守っている。

〔城の中は至って広大だ、と城内へ入った者が語った。
海手の方に行くと広くなり、山の方に行くと狭くなる。
これから扇城という。
今往来の道は直接城櫓の下を通る。
ここを扇の要という。
以前船で行っており、度々海上からこの城を見たが、成る程、海手からは櫓など数多く見えた。〕
(甲子夜話)


秀吉が築いたことになってる?



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    甲子夜話なんて一応お大名が集めた逸話集でもこの有様だもんな
    野史の類だとどれぐらい信じられるのか
    資料を掘り起こす度に歴史が塗り替えられるのもやむを得ない仕儀なんだなぁ
    貴族の日記も伝聞が多いが、資料として一番信用できるのが良う分かるわ

    しかし大名が城を作るのでも家臣同士の石の奪い合いが有って無駄な争いを防ぐのに刻印使ってたのに、平戸城では刻印無かったのかな?大名しか刻印使わなかったと思っていたのだろうか

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