南蛮宗御禁制前、於御当地彼仏像画きの事

2016年12月06日 17:45

388 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/06(火) 11:07:39.63 ID:ouiN0FpI
南蛮宗御禁制前、於御当地彼仏像画きの事


 いつの頃か、未だ南蛮宗御制禁より前のことであるが、
御当地に画工山田恵茂作と称する者がいて、南蛮宗の本尊を画くのみを職としていたという。
よって御制禁のとき呼び出されて吟味があったが、
その答えに「これを画くのみで他に業は無い」という。
官裁には、「ならば今後他の画をすべし。この像を画くべからず。」
というまでで御構いなかったという。
昔の有様はおおまかなるものである。

傍に仕えている人が、この恵茂作は二代続いて、ともに画を業としていると言った。
どちらの御代のことであろうか。
(甲子夜話続編)


ゆるゆるジャッジ




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    山田恵茂作ってやっぱり島原の乱の山田右衛門作ですよね?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    これって緩い裁定かなあ?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    踏み絵はどうする?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    本人がキリシタンかどうかを尋ねなかったという意味では緩いのかも

  5. 人間七七四年 | URL | -

    禁教令が出たばかりの時なら、確かにゆるゆるだよ。
    途中、元和年間での大量処刑はあったにせよ、
    宗門改めが制度としてキツくなるのはあくまで島原の乱以降。
    それだって素直に信仰をやめるって答えれば、基本は南蛮誓詞書かせて終わり。
    拷問に掛けるのはあくまで信仰を捨てないからであって、
    スペイン宗教裁判や魔女狩りのように、絶対殺す、必ず殺すじゃない。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    禁教政策の実施具合が比較的緩やかだったというのはわかったが、「今禁止になった事を、かつて行っていたことについて咎められなかった」のどこが緩いのかがわからないんだが

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >昔の有様はおおまかなるものである。

    と本文中にあるので、少なくとも静山の感覚としては緩く思えたのだろう。
    「切支丹に関与しただけでテロリスト扱いされる今からは想像できないね」ってことでは。

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