「小袖餅」由来

2016年12月12日 20:58

402 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/11(日) 23:13:35.11 ID:GUidPEWx
名和顕忠は後醍醐天皇に使えた忠臣、名和長年の末裔であり、あれやこれやあって
今では肥後国の宇土城を領していた。

さて永正十四年(1516年)のこと、顕忠はひとりお忍びで城下へ出た。
民の暮らしぶりをつぶさに視察し、これを今後の政へどう反映していくか頭をひねりつつ、
それはそれとしてお腹が減ったので、顕忠はとある茶店に寄った。

老いた母と若い娘が切り盛りする小さな店だったが、そこで出されたお餅が存外うまい。
顕忠は大いに気に入り、何皿もペロリとたいらげた。
お腹もくちくなった顕忠、「美味かったぞ、ではな」と出て行こうとしたが、娘に袖を引っ張られる。
「お代を…」

顕忠、いくら私が領主でも無銭飲食はいかんよなと懐をさぐってみたが、財布を持ってきてないことに気づく。
冷や汗が額をつたい、こちらをうかがう娘の表情もどんどん険しくなっていく…
とはいえ、これから逃げても途中で追いつかれて銭取とかイヤな地名が生まれてしまうに違いない。
ほとほと困った顕忠は着物の小袖を切って渡し、これと引き替えにお城まで取りに来なさいと言って帰った。

小袖を置いてかれた茶店の娘も困ったが、よくよく見るとそれには名和家の紋が入っていることに気づいた。
領主様を食い逃げ犯と疑うとは、無礼どころの騒ぎではない…
娘は覚悟を決めると、夜ひとりお城へと向かった。

娘は顕忠の前で平伏し、自分は処刑していただいても構いません、その代わり母の命はお助けくださいと懇願。
その孝心にうたれた顕忠は(別に怒ってもいなかったので)お代に加えたくさんのご褒美をさずけたという。
今に伝わる「小袖餅」の由来である。
http://www.howdy.co.jp/dining-express/archives/2005/12/images/1134356598.jpg
1134356598.jpg



403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/12(月) 02:33:55.51 ID:BGWYzQtu
普通にいい人でほっこりした

404 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/12(月) 03:09:02.01 ID:+ZJM20LU
サラッと権現様をディスるのはやめたまへ!

405 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/12(月) 10:12:47.75 ID:TlGO0ljq
権現様だったら味噌の臭いも付いてきますがな

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/12(月) 13:14:04.42 ID:JzPMsX8y
>>402
>銭取とかイヤな地名が生まれてしまうに違いない。
コラw

407 名前:402[sage] 投稿日:2016/12/12(月) 15:22:06.53 ID:GatY/UWE
すいません、逸話では「名和伯耆左衛門尉」という名前になっており、
永正十四年の城主ということで顕忠にしたのですが、
いま調べたら顕忠ではなくひ孫の顕孝だという話があるらしいんですよ。
でもそれだとだいぶ時代が合わないんですよね…(生まれてない



408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/12(月) 20:24:53.74 ID:UGct9Ayn
逸話ではよくあること


410 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/12/13(火) 02:02:22.20 ID:blUMbrT3
>>405
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-8378.html

414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/13(火) 22:38:10.44 ID:XyiN44sd
>>402
まんが日本昔話しにありそう

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/14(水) 06:55:03.64 ID:8BFODaSn
>>414
昔話なら
そのまま走って逃げたあげくに掴まって叩きのめされてる


大仏さまが
スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>無銭飲食はいかんよなと
    その前にさらっと出て行こうとはしてたじゃんw
    でも人当たりは良い領主様みたいで良かった

  2. 人間七七四年 | URL | -

    家康「ワシなら褒美の他に、母娘に『小袖』という苗字を与えていたのに…」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    美味そうなもちだな。寝る前に見るんじゃなかった…。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >いくら私が領主でも無銭飲食はいかんよなと

    薩摩の谷山にやって来た、秀頼さんにもこれ考えて欲しかった。
    (無銭飲食しまくり)
    真田丸の秀頼さんはこの前日帰りで伝秀頼墓と伝信繁(幸村)墓に
    お参りにきてました。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    この話が名和顕忠の話だとすると、顕忠の生年が宝徳4年/亨徳元年(1452年)なので、かぞえで御年65才。
    没年不詳だが、この翌年を最後に史料から名前が出てこなくなるから、その頃没したと見られるそうな。
    顕忠は名和氏中興の人だから、こんな逸話も出来たのかもね。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    領主なので何かしらの対価を払うという意識に
    欠けてたのかもね。
    普段はお付きの人が勘定してるから。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    高虎さんの出世の白餅の話を連想した。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    財布を忘れていたときの恐怖は異常

    領主だからと権威を振りかざしたり
    斬り倒さないいい人であった…
    が、自分では払いにこないのか!

  9. 人間七七四年 | URL | -

    近くだけど多分みんなが写真でイメージしてるよりかなり小さいよ。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    途中まで読んで夜は娘を美味しく頂きましたというオチを想像した人挙手

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >>10
    ここのブログを見ると
    ttp://www.howdy.co.jp/dining-express/?ID=822
    『其夜城内に忍び込み母を救けて私独り成敗して下さいと嘆願』
    とか娘さんが申し出たらしい
    マジで美味しくいただかれてる気がする

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/10422-c73b0ef0
この記事へのトラックバック