週間ブログ拍手ランキング【12/08~/14】

2016年12月14日 16:45

12/08~/14のブログ拍手ランキングです!


「小袖餅」由来 28

塩冶興久の化け物退治 21

相馬顕胤が愛憐深く、義理を重んじる人であったので 20
「あざ丸」 13
江戸御城は、道灌のみに非ず。高虎縄張の事併道灌風流、桜楓の事 13

小浜の八幡祭の人形 11
この清水の作の脇差を帯び、 10
「小姓ども」と、申された 9
秀元は常人ではない。 9

北谷の稚児は雪より色白、南谷の稚児は花に勝る 8
(鍋島直茂は)また曰く、 5
盛胤にとってこの嫁は叔母である。 6



今週の1位はこちら!「小袖餅」由来です!
名和長年といえば、後醍醐天皇の忠臣として、「三木一草」の一人として呼ばれた、歴史における大ビックネームですね。
まあ、コレに関して、名和長年という名前の中に「木」も「草」も入ってないけどなんで?と思っちゃう人も多いですよねw
そうしたら答えは「伯耆(キ)守」だから」、って。「なんでやねん!」と思わず突っ込んでしまったものです。
そんな(?)名和長年の子孫がこんな所に!割と本気でびっくりしてしまいました。
そして個人的に、こういうことで驚けるのも、歴史好きの特権だなあ、なんて感じたりもしています。
旧知の人に意外な所で出会ったような、そんな感覚を抱けちゃいますからね。
なんだかそんなことを感じさせてくれた逸話でした。ありがとうございます!

2位はこちら!塩冶興久の化け物退治です!
塩冶と言われると仮名手本忠臣蔵の塩冶判官を思い出す人も多いでしょう。で、調べてみたら、この塩冶判官は佐々木源氏で、
尼子氏と同族。そして出雲における源氏の祖であり、塩冶興久の塩冶はまさに、塩冶判官から続いたものを、受け継いだ名字
だったのですね。
塩冶興久が、「出雲源氏」の嫡流を受け継ぐ人物であるとすれば、このような神話めいた話もなんとなく理解できます。
これは出雲における「源氏神話」の一つだったのでしょう。
そんなことを考えた逸話でした。

今週管理人が気になった逸話はこちら!相馬顕胤が愛憐深く、義理を重んじる人であったのでです!
相馬顕胤というのは、長い歴史を誇る相馬氏の中でも特筆するような名君であった、とされています。
六尺(180センチ)あまりの長身で八人力の大力。鉄扇を自在に操る武勇の士であり、武士を愛し民を憐れむ、
まさに理想の主君でした。近世に続く大名家としての相馬氏が形成されたのは、この顕胤の時代であったと、認識もされて
いたようです。だからこそのこんな逸話が残っているのでしょうね。
それにしても相馬氏はややこしい。この顕胤は相馬氏14代当主なわけですが、彼の前後、13代と15代はともに「盛胤」、
16代の「義胤」は2代にもいる。よくよく注意しないと誰のことをいっているのかわからない。
そういう意味でも油断の出来ないのが相馬氏、だったりしますw



今週もたくさんの拍手を各逸話にいただきました。いつも有難うございます!
また気になった逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してみて下さい!
( ´ ▽ ` )

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