本意に背く事はしないほうがいい

2016年12月21日 17:29

445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/21(水) 02:21:23.64 ID:R5M42y2K
 小田原の陣の時、秀吉は近習の侍十四、五騎で宿泊された。
この時に有馬兵部法印則頼が家康公へ進言した。

「これは天が与えた幸事です。押し寄せて討ちましょう。」

「このたびの秀吉の行進は私を頼っての事だ。
とりわけ秀吉の妹は私の室だ。もっとも三年以前(三か月の誤記?)に亡くなったが。
また北条氏直は私の妹婿であるのに、秀吉は私に心を許されている。
そんなところに、飼鳥の首を絞めるようなむごい事を武士はしないものだ。
武辺はその身の生まれつきだが、天下を知る事は果報次第である。
とにかく武士は意地を第一に綺麗にするものである。
本意に背く事はしないほうがいい。」

則頼も恥じ入ったとのことだ。
(武士としては)




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    要は信長さんの件もあるから、こう言う事しても誰もついて来ないって
    分かってるのも有るのでは?

  2. ぽぽぽぽーん | URL | -

    有馬さんって秀吉の側近じゃなかったっけ?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    秀吉死後は家康にベッタリですが、小田原の頃は秀吉の側近ですね。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    なお秀頼はぶっ殺した模様

    儒教が流行ってこのままじゃ家カス待った無しになるから慌てて作文した神君律義者伝説

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    なら秀頼なんて生かしておいて何か良い事あるのかい?
    大坂城も邪魔だし良い事なんて何も無いよ<酷っ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    さすがクズ狸
    日本一の嫌われ者

  7. 人間七七四年 | URL | -

    「私を頼ってのことだ」から討たない、と言ってるからな
    少なくとも、もう死ぬって頃の秀頼は家康を頼ってないだろう

  8. 人間七七四年 | URL | -

    「殺した後どうすんねんボケ」の婉曲な言い回し

  9. 人間七七四年 | URL | -

    7つや8つのいたいけな秀頼ちゃんが訳もわからないうちにぶっ殺されたならともかく
    いい歳して自分の置かれた状況もわきまえず牢人集めて好き勝手やって死んだんだから同情の余地なんて無いわな

  10. 人間七七四年 | URL | -

    豊臣政権の研究は大分進んできたが、秀頼期の研究はまだまだこれからだな。

    大坂の陣400周年である程度の成果がまとめられたけど、研究者間で
    解釈のブレが大きすぎて通説になるには至らないモノばかり。

    ちょうど近世と中世の狭間なのだが、双方の研究者でアプローチが違い過ぎて
    互いの主張がコンセンサスを得るに至らないというのも痛い感じ

  11. 人間七七四年 | URL | utkrfPb2

    秀頼の件は秀吉の自業自得だから
    大阪で大名が一人もつかなかった点で明らか
    秀吉の各種やらかしでもう豊臣はうんざりされてたんだろ
    織田信孝殺したり洗脳した秀信はたった十万石だったり旧主の家にも酷いし

  12. 人間七七四年 | URL | -

    いや秀信の扱いはそんもんでいいだろ
    秀頼だって生き残ろうと思ったら国替えに応じて
    もっと小規模な大名になる道だっただろうし

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