週間ブログ拍手ランキング【01/05~/11】

2017年01月11日 17:45

01/05~/11のブログ拍手ランキングです!


森忠政の水理 21

野口(もしくは野上)七郎右衛門という人は 17

日本の諸大名はこの日初めて、 14
督姫、池田家への入輿/伊庭惣兵衛の弓術 13
“嶺の松雪に圧さるる” 13

太刀「瀬上がり」 13
が、江口石見という者は 11
浅野幸長が早逝したのは 11

備前国福岡城合戦福井小次郎歌を遺して討死の事 10
ちょっちゅねが上手い事言って駿馬2頭GETする 8
上杉謙信自画併辞世詩 8

豊臣家の台所 7
知恩院の霊厳和尚和歌、公卿色を正ふする事 6
獅子踊祭 5
再福岡合戦 薬師寺額田片岡三士討死の事 5


今週の1位はこちら!森忠政の水理です!
治水の出来るのが良い領主、というのは古代から世界中で一種の真理みたいなものですね。古代中国の堯舜の世なんて、
徹頭徹尾治水ですし。森忠政も治水によって名を残せた、というのは、彼にとって栄誉の一つというべきでしょう。
確かに彼が領した金山といい川中島といい、治水が大変な地域ばかりです。だからこそ美作でも、統治の基礎として、
治水を重視したのでしょう。
わりと本気で、多くの人にとって、イメージがある程度固まってしまっている森忠政という人物を見直すきっかけとなる
逸話かもしれません。

2位はこちら!野口(もしくは野上)七郎右衛門という人はです!
この逸話とは直接関係ありませんが、戦国後期は甲冑類が全般的に軽装になっていく時代だと言われます。
これは鉄砲の普及で甲冑の効果があまり見られなくなったのが関わる、とされていますね。
足軽なども胴丸を着ていればいいほうで、やや厚めの羽織や紙子を着て戦場に出る物も多かったと言われます。
装甲よりも機動性、という考えが普及したのでしょうね。
戦国時代が仮にもう少し長く続けば、西洋のように、甲冑は兜や胸当てに象徴的な物を残して滅んだかもしれません。
そんな事がふと頭に浮かんだ逸話でした。
甲冑がなくても、なんとかなった時代に入っていたわけですね。

今週管理人が気になった逸話はこちら!日本の諸大名はこの日初めて、です!
官位や所領で他を圧倒しているといっても、基本的には豊臣政権内の「同僚」であった徳川家康が、諸大名の上に立つ
存在として、初めて認識された瞬間を捉えたお話ですが、なんとも生々しいものが有りますね。
印象的なのは、この後「五奉行」となる増田長盛と前田玄以が、率先して家康に従う姿勢を見せているところです。
この時点で家康の「権力」が、豊臣家公認のものであったと見て取ることが出来ます。
この状態から、秀吉の死後に石田三成や毛利輝元などの巻き返しも有り、様々な混乱の挙句、関ヶ原に至るのですが、
そういった歴史の始点としても、この光景は見ていいのじゃないかな、なんて考えたりしました。



今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつも有難うございます!
また気に入った逸話を見つけたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
( ´ ▽ ` )
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    葵徳川三代で本田佐渡守正信役の神山さんがお亡くなりになられた。
    ご冥福をお祈りすると共に、偉大な役者さんがまた居なくなってしまった
    寂しさが込み上げて来る。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    『独眼竜政宗』では伊達輝宗のブレインの一人、遠藤基信役でもありましたね。
    いかりや長介さんの鬼庭左月との仲良しコンビぶりが好きだったなあ…。
    ご冥福をお祈りします……。

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