一備の将たる者は、

2017年01月28日 09:19

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/01/27(金) 19:20:26.74 ID:KqZEt9y/
一、一備の将たる者は、並の武士の作法に準ずるべきではありません。能く柔と剛を兼ねなければ、
  将たる道には至りません。
  一鑓合いの武士は強勇を表として、主のために命を惜しまないことを名誉とします。
  しかし一備の将たる者は、命を全うし、諸卒を懐かせ、駆け引きの作法を示し、勝つべきを
  見て進み、勝てないのを見れば引き取って後の勝ちを得ることに専念する。これは将にとっての
  法です。この心を忘れず、老功の者達とも評議し、尤も妥当な判断に従うようすべきです。

一、其方は若輩ではありますが、甲信両国の武士を与力として預かる上は、どんな剛敵と言えども
  防戦を致し、越度を避けねばなりません。心に及ばぬ所は、石原、孕石、廣瀬といった老臣たちと
  相談し、進退に道理を以て、諸卒をそれぞれに差し遣わさねばなりません。

一、どんな諸芸も習わなくては知らぬものです。それが戦の道であればなおさらな事です。
  その作法、方便、謀、進退、そういった事を知らずに行う合戦は、危ういものです。
  私は国を争う戦を度々行いましたが、その一度一度の勝負についての経験から、知らねば
  持つことの出来ない道理を獲得しました。そういう思いもあって、其方には三人の武功の者、
  そして合戦の場数を踏んだ武士たちを与力として預けたのです。
  この者達に二六時中(当時は一日を十二支で分けている)戦の道を尋ね、極め、武の事を
  心から忘れないようにして下さい。

右の条々について、油断があっては成りません。如件。

 徳川家康在判

    井伊万千代(直政)殿

(松のさかへ)

「赤備え」を井伊直政に預ける事に関して、徳川家康が直政に送った書状。
ほとんど守ってないような気がするが。



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    親が子にさとすような手紙だな
    すごく大事にされていたという感じが伝わる
    家康て家臣に対しては基本好き嫌い出さない印象だったけど、やっぱり直政だけ特別だったの?
    (実子に対しては、、、いやなんでもない)

  2. 人間七七四年 | URL | -

    どうせ甲陽軍鑑で高阪弾正が武田勝頼に言ってンだろうとと思ったら権現様からパパにゃん宛てだった。

  3. 人間七七四年 | URL | SFo5/nok

    孕石と言う人は、あの人の親類?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    近縁ではないみたいです
    孕石泰時ですかね、この場合の対象者は

  5. 人間七七四年 | URL | -

    確か築山殿つながりで、従兄弟筋にあたるんだったか。
    んで、もしかすると斬らざるをえなかった実子の面影を見ていたのでは…という説を目にした事が

  6. 人間七七四年 | URL | -

    まるでお腹を痛めて産んだ我が子を案じる母親のような権現様

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    そりゃこの時点の直政は経験不足だし、大事な家臣を付人として
    預ける訳ですから心配でしょう。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    実は直虎と権現様はできてて、生まれたのが直政。という説がある。・・・というのを期待してしまった。

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