週間ブログ拍手ランキング【01/26~02/01】

2017年02月01日 09:11

01/26~02/01のブログ拍手ランキングです!


三条三光院殿が十六歳の御時 29

一備の将たる者は、 26

膳も飯碗も 24
武道については、これ、御覧なされよ 14

福岡侯の軍鐘を銅鑼に代る起り 13
井伊家の付人連署して直政を諫めし事 12

【雑談】戦国時代展行って初めて知った事 11
惜しいなあ、九郎兵衛とは名が古い 11
この根本を三好は推し量り 8

ただその時の運によって 7
「三好」と人の言い伝えているのは 7
隈本、佐嘉、清正之縄と云伝る事 7
清正の花押筆画多かりし事 3


今週の1位はこちら!三条三光院殿が十六歳の御時です!
年長者たちのいやがらせ(?)を、見事に切り替えしたお話ですが、実に才知というものを感じさせますね。
この三条西実枝といえば、細川幽斎に対し『古今伝授』を行ったことでも有名です。あの幽斎の師匠と云われて、
納得もさせられますねw
基本的には頓智話の枠内なのでしょうけど、面白いお話です。

2位はこちら!一備の将たる者は、です!
徳川家康が井伊直政に、赤備えを任せる時に与えた教訓。直政のことを期待しつつ、実に心配している様子も
感じ取れます。当時の徳川軍が多士済々の中、あえて若く経験も少ない直政を選んだというのは、大抜擢もいい所ですからね。
家中の軋轢もあっただろうなと想像できます。それを押して決断した家康ですが、やはり心配は心配だったでしょう。
それがこのような書状になったのでしょうね。
しかしこの後直政は、独断や単独行動をしまくり、家康の付けた重臣層とは対立しまくるわけで、しかしそれでも
徳川軍の中の「軍団」としては結果的にうまく機能するわけで、世の中一筋縄ではいかないな、ということも感じたりしますw

今週管理人が気になった逸話はこちら!この根本を三好は推し量りです!
確かに信長公記で太田牛一は、三好三人衆による足利義輝謀殺(永禄の変)を、三好長慶がやったと記しているのですすよね。
これは三好長慶が「自分の死を秘匿せよ」と命じたことが、少なくとも地方では機能していた、という事を表していると言われます。
一方この老人雑話の内容を語った儒医江村専斎は京近辺の人であり、このあたりからも、当時の地方と京の情報格差を
感じさせるな、なんて思います。
そういった比較をしながら読むのも、逸話の面白さでしょうね。



今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
( ´ ▽ ` )
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