秀忠は、参勤してきたとの注進を聞くと

2017年02月02日 22:37

572 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/02(木) 21:40:18.02 ID:zmgUxsFx
徳川秀忠は、江戸へ大名が参勤してきたとの注進を聞くと、必ず品川、千住口、
それぞれの筋道に遣いを送った。これらは皆重臣たちの役割で、大名より下の位の
者には、段々に軽い役人を上使としていた。

特に越前黄門秀康が江戸に参向してきた知らせを聞くと、必ず即座に自身で迎えに出て、
同道して江戸城に入った。

総じて将軍家においては、諸家が重んじている諸侯参勤については、いつごろ江戸に入ると聞かれると、
自然を装って鷹狩に出かけられ、その道筋であり江戸に近い千住、品川あたりで待ち、その場で大名に、
直に参勤を労り、それは作法の一つのように考えられていたが、いつの頃からか、それぞれの家まで上使が
向かうようになった。

(武野燭談)



573 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/02(木) 21:44:27.35 ID:VVlWoBW2
あの兄弟は仲良かったのか
ちょっといい話
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    秀康が長生きしてたら秀忠は毎回迎えに行ってたかな…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    長男の信康は、秀康を嫌い、会わなかった家康を説き伏せ会わせた。という話があるし、兄弟は仲が良かったんじゃないかな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    丕「血を分けた兄弟である。どうして仲が悪いことなどあろうか」
    彰「んだんだ」
    植「…」
    熊「zzz」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    多分ずっと迎えに行ってたんじゃないかな
    そのくらい秀忠は秀康に気を遣い、敬意を払ってた記録をたびたび見かける
    ただ、丁重な感じで、気のおけない付き合い、という感じがない
    だから仲がいいかはわからない
    夭逝した忠吉の方が仲はよさそう

  5. 人間七七四年 | URL | -

    秀忠「これはこれは兄上遠いところを、さあお先に参られい」
    秀康「いやいや上様こそこんな所まで、とくお先に参られい」
    秀忠「いやいや長幼の序からいって兄上先に参られい」
    秀康「いやいや総領の前は進めぬゆえ上様先に参られい」
    秀忠「いやいや」
    秀康「いやいや」
    両人「いやいやいやいや」

    以下江戸までエンドレス。二人ともごく普通の三河者ですね。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    徳川吉宗と徳川継友にもそんなような話があるな。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    家臣団「(もうどっちでも良いから、はよ行けや!)」
    佐渡守「いっその事抱き合って進んでは如何か?」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    ワルツのポーズで蟹みたいに横歩きしながら進む秀康・秀忠兄弟を想像してしまったw

  9. 人間七七四年 | URL | -

    某影武者徳川家康では暗殺しようとしてたな

  10. 人間七七四年 | URL | -

    畿内にいる時、二人揃って家康に会いに行ってしょっちゅう親子三人で飯食ってたらしいから親子兄弟仲よかったんじゃね。

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