週間ブログ拍手ランキング【02/09~/15】

2017年02月15日 18:24

02/09~/15のブログ拍手ランキングです!


人々は康政に 24

「すわ、例の本多よ!平八郎よ!」 22

上野介、良く聞け。 17
時節相応に主とする所を、 16
中筋村の飢饉 ~妙玄寺縁起~ 15

猩々瓶 14
台徳院様が三河田原で御狩りをなさった時 12
本多忠勝、本丸の堀を腰の高さまで 11

子孫秋月氏と改称す。 10
伊達政宗、豊臣秀吉公へ初見之とき謡ひし歌付政宗豊公へみへし考 9
尼ヶ崎侯家紋九曜を用る由来 8
「孕石の一番槍を見たぞ!」 8

金剛大夫の祖、朝鮮攻のとき彼地に渡りし話 5
長坂源五郎の事 5
この八十島は 5


今週の1位はこちら!人々は康政にです!
有名な、小牧長久手の時の榊原康政の立てた高札と、その後の秀吉の反応です。
井伊直政の逸話でもそうですが、こういう時に対比として石川数正が出されてきちゃうのは、ある意味お約束ですね。
そういえば余り知られていませんが、石川数正はその諱を、家康からの偏諱をもらった『康輝』に改名しており、であるのに出奔後、
秀吉のもとで大名になると、今度は秀吉の偏諱を得て『吉輝』に改名したとされます。
これが事実だとすると、それもまた「節操の無さ」として世間が印象したかもしれません。
榊原康政たち徳川武士の「節操」を語る時、絶好の比較対象であった。石川数正は意図せず、そういう存在になってしまった
のかもしれません。

2位はこちら!「すわ、例の本多よ!平八郎よ!」です!
本多忠勝の具体的武勇を表した逸話ですね。河中に入れば、当然動きが制限されるのですから、心理的にも
そこから取って返すというのは、大変な勇気を必要とした行為だったことでしょう。それこそ、一度「背水の陣」を放棄して、
もう一回背水の陣に、しかも一人で成るということですものね。
小牧長久手での武勇もそうですが、本多忠勝には、「平然と自分自身を的に出来る」という面に強い印象を持たれていた、
というフシがあります。そういう姿を戦国時代の人たちも「かっこいいなあ」と感じたのでしょう。
『天下無双』と呼ばれるためには、能力とまた別個に、そういう度胸と運が必要であった、ということでもあるのでしょう。
これは現代でも同じようなものかもしれません。

今週管理人の気になった逸話はこちら!猩々瓶です!
非常に実証主義的な話でもあり、また残虐な暴君的逸話でもあり、のちの松平忠輝の運命を感じさせるような内容だと
思います。ただ、これを読んで、「織田信長の、このあたりの逸話に通じるものがあるな。」と感じました

織田信長、無辺を殺す

もしかしたら似た系統の逸話を検証することで、当時その人物が世間にどのように把握されていたか、見えてくるんじゃないか、
なんてことを考えました。



今週もたくさんの拍手を各逸話にいただきました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
( ´ ▽ ` )
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