人にとっては、一言であっても

2017年03月07日 21:37

646 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/07(火) 00:36:04.14 ID:sUTcU+gp
寛永14年、肥前島原にて切支丹宗門の一揆が起こった時。江戸より総軍令を遣わされることと成り、
将軍家光のお側に伺候していた板倉内膳正重昌が選ばれた。
ところが、その頃内膳正は病を患っており、老臣以下このことを聞くと

「別にこの役儀に相応しい器量のものを選ばれ、内膳正は御免あるべきではないだろうか。」

そう内々に相談し、何れも尤もであると賛同し、この趣を将軍家に申し上げることに定まった。
そこで大老である酒井讃岐守忠勝まで話を上げると、忠勝は聞くやいなや

「あなた方は内膳正という人間を解っていない。彼がこの度の御使を承りながら、病気のため
御免となったと仰せになれば、忝しとはよもや思わないだろう。
殊に、別人に代わりの軍監を仰せ付けられたと承れば、忽ち自害するような人物である。
ただそのままに、島原に遣わされるべきである。
仮に道中にて病死したなら、その時こそ代わりの人を使わさせるべきだ。」


「そのような事になれば、何かと日数を経る内に、一揆の蜂起はますます広がって
しまうのではないだろうか?そのことをどう思われるのか?」

この反論に讃岐守は笑って
「あれは土民の一気に過ぎない。一体誰が彼らに味方するというのだろう。
もしまた、この混乱を幸いに、幕府に対して反抗の色を立てる者が居れば、それこそ
我々にとって良き対応を試みる、良い機会となるだろう。
尚以て、板倉こそ遣わされるべきだ。」

内膳はこのことを聞き伝え、大いに喜んで早速準備をし、嫡子である後の内膳正重矩、
当時16歳であったのを同行させ、命を受けた即日出陣した。


しかしその冬の軍は思いの外手間取り、その事は将軍家まで聞き及び、重ねて松平伊豆守信綱を
差し向けられるべしとの事となった。

これを大久保彦左衛門忠教が聞いて、心易い同輩にこう囁いた
「あたら内膳正は討ち死にするだろう。不憫な事だ。」

彦左衛門察しの如く、松平伊豆守が発向したとの情報を聞くと同時に、板倉内膳正は一揆に猛攻を
仕掛け、深入りして討ち死にをし、息子重矩も深手を負った。

内膳正はこの日を討ち死にと覚悟し、出立の時、息子重矩に向かい
「私は今回、酒井讃州の一言によって、忝なくも総軍の支配を承った。
お前は相構えて、讃岐守の子孫に対し、無沙汰をしてはならない。」

そう重矩に、くれぐれもと言い含め打ち出たのだという。
人にとっては、一言であっても大事になる事もあるのだ。

(武野燭談)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも何で殆ど実戦経験もなく、たかだか1万五千石程度の小大名が大将に選ばれたんだろう?
    もっと上の禄を食んでいる大名が従う訳なく、統率利かなくて当然だと思うのだけど。

  2. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    親父さんの名前と、自身の家康近習としての経歴からじゃないのかな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ろくな戦闘経験もないような将兵を派遣して鎮圧できなかったくせに、乱世の習いに従って行動した人間を抜けがけだなんだと言って謹慎処分。
    徳川さんも「京に近いと腑抜けになる」みたいなこと言ってた割に自分の家もかなり早い段階で腑抜けになってるんだよな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    島原関連の家光は下手打ってばっかの印象
    松倉寺沢の苛政も、少なからず家光が弾圧強化を指示した事に由来するし

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    乱世でも独断専行命令違反は処罰対象だし、抜け駆けが推奨されたわけでもないだろう

  6. 人間七七四年 | URL | -

    失礼※3だわ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    権現様「まったく迂闊な一言で数百年も汚辱にまみれるはめに」
    忠世「まみれたのは違うもののようですが」
    忠佐「…」
    忠教「そもそもボク関係ないですよね」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    なんだかんだ心の奥底に硬い意地を持った三河者なんだなぁ

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