讃岐守の子は油断できない

2017年03月11日 09:19

715 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/10(金) 22:28:02.88 ID:so4sl6CD
寛永年中、島原表での一揆の折、諸手へ旗本より軍場御目付を遣わされるにおいて、人々は
大阪にて戦功あるものが仰せ付けられると思っていた所、思いの外、脇の人々の中より選考された。
これに居並ぶ老功の勇士たちが嘲笑っている中、何某とか言う若輩の人物も、御目付として選ばれた。
その人物には、幕府重臣・酒井備後守忠朝よりその旨申し渡され、彼も面目を施し、
お請け申しているその半ばに、控えの間より大久保彦左衛門が声高に言った

「世も末になったものだ!若輩の者共が軍奉行だ御目付だと言って戦場に向かう。
どれほどの功が立てられるものか!
座敷の上の軍場とは違い、料理を食うようにはいかないのだぞ!」

その嘲りの声殊の外高く、かの何某はこれを聞いて、控えの間に戻るとそのまま彦左衛門の居る
席に向かい、彼と言い合いを初めた。

この一座の者達も、みな痴れ者ばかりであったので(一座の輩、何もしれものの集りなれば)、
口論を止めようともせず、あわや事に及ぼうとする時、酒井備後守忠朝が聞きつけ
この部屋の障子を押し開くと、この何某を呼びつけ

「其方が左様な不覚悟とは誰も知らなかった。だから今度の選考に推薦したのだ!
大事の御使を承りながら、彦左衛門などと口論するなど、甚だ以て不届きである。
早々に支度して、罷り立てられよ!」

そう荒々しく言いつけると、何某もすぐに退出し、島原へと向かった。

その後酒井は彦左衛門に向かい
「其方はその老功や御役柄で、人が許すからと言いたいばかりを申される。
若き者は、何の功で武辺を得たかなど、誰のことであっても耳にかけようとするが、
貴殿からは鳶ヶ巣城の一番乗りの自賛を、毎度承っている。
その頃は16歳の初陣の高名と申されたのを、私も覚えている。

であるのに、その貴殿が今の若者に、彼らが若年にて高名できないなどという批判は心得がたい。」

そう、言葉穏やかに言うと、さすがの彦左衛門も閉口し。酒井は奥に戻っていった。

この後彦左衛門は同僚に向かって
「讃岐守(酒井忠勝 )の子(忠朝)は油断できないな。若いが理屈をする。恐ろしい恐ろしい。」
そう、賞美したとか。

(武野燭談)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    あの彦佐が素直に引き下がっている!

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ぐぅ正論

  3. 人間七七四年 | URL | -

    あれ?彦佐って鳶ヶ巣砦奇襲の時はまだ元服してないはずでは?

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    17のときの犬居城攻めが初陣ということになってる

  5. 人間七七四年 | URL | -

    そんな忠朝も末路は結構悲惨なんやな

  6. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    米4
    講談では鳶ノ巣砦が初陣になっているんじゃなかったけ。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    彦左はこう云う思慮のない行動や発言が多いから、結局大禄や大役を得る事が出来なかったと思う。
    幾ら三河者特有の部分が在るとは言え、ちょっと調子に乗りすぎな人柄だと感じる。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ピコ左衛門はこういう芸風の芸人さんだから

  9. 人間七七四年 | URL | -

    酒井忠朝は彦左をも唸らせる器量の持ち主だったけど最後は親父に嫌われて廃嫡されたんだよな
    何が気に食わなかったのか知らんけど

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    親に嫌われたというよりも、周囲の同僚ともめたらしいよ。
    少なくとも酒井家中だと歴代当主と同様に扱われてるから。

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