大人・公子の御身として、幽霊女の真似など

2017年03月14日 17:39

665 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/14(火) 17:34:44.98 ID:T6KbAzrH
ある年のこと、尾張大納言徳川義直の元に酒井讃岐守忠勝が訪問した時、馳走にと
嫡男五郎太殿(後の徳川光友)による能興行があった。
この時、五郎太の手の舞い、足の踏む所、自らの拍子を、『讃岐守はきっと感賞するであろう』と、
義直は自慢げに見せるのを、忠勝は一切褒めず

「勿体なき大事の御身でございます。どうぞ余人に仰せ付けてください。すでにご器用なのはよく解りました」
(勿体なき大事の御身にて候。只余人に仰せ付けられ候へ。最早御器用の程は見え申したり)

と、しきりに止めようとした。立ち返ってから

「武家は何度も武を賞賛されることこそ本意である。大人・公子の御身として、幽霊女の真似など、
全く益がないではないか。」
故に全く感心できなかったのでやめるよう言ったのだと、成瀬隼人正正成に語ったそうである。

(武野燭談)


666 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/14(火) 21:27:44.11 ID:BQ1j7HGy
でも武を見せつけると謀叛の疑いをかけらるんだろ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    忠勝自身も戦国武将としては遅生まれな部類のせいか、
    武辺という価値観に対してちょっと肩の力が入りすぎな気がする。
    想像上の「理想の武士」を追っかけてるというか。
    戦国の武家だって芸能大好きだぜ。見るのもやるのも。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    信雄「えへへ」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    尾張義直「メンドくせぇ~」
    大久保彦左「メンドくせぇ~」

    義直「えっ」
    彦左「えっ」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    信忠「能とか」
    秀吉「能とか」
    家康「大好きだあ」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    三河者のクセがすごい

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※というか酒井忠勝の世代はもう戦国武将とは言えないんじゃないですかね。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    酒井忠勝「なんだと貴様失礼だぞ!」(1587年生れ)
    井伊直孝「戦国武将を愚弄するとは赦さんぞ!」(1590年生れ)
    榊原康勝「我らとて立派な徳川四天王ぞ!」(1590年生れ)

    本多忠政「いや、まあ、え~、その、う~ん…ねぇ?」(1575年生れ)

  8. ※7 | URL | -

    本多美濃守忠政「…よく考えたら讃岐守は雅楽頭家なんだから、そもそも四天王ですらないんじゃないかな」(本多忠勝の子)

    井伊掃部頭直孝「」(井伊直政の子)
    酒井讃岐守忠勝「」(酒井『忠利』の子)
    榊原遠江守康勝「」(榊原康政の子)

  9. 人間七七四年 | URL | -

    つーか
    酒井讃岐守忠勝(若狭小浜藩主、雅楽頭酒井家、1587年 - 1662年)
    酒井宮内大輔忠勝(出羽庄内藩主、左衛門尉酒井家、1594年 - 1647年)
    生きてる時代もろかぶりしているのに同じ諱付けないでくれよぉ……w

  10. 人間七七四年 | URL | -

    上田で初陣飾ってるのだから十分戦国武将でしょ?

  11. 人間七七四年 | URL | -

    井伊直勝(直政長男)
    石川康勝(数正次男)
    依田康勝(信蕃次男)
    向井忠勝(正綱の子)

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    当時は仮名や官職名または受領名で区別できるから同姓同名でもややこしくなかったんだと思う
    そんなこと言ってたら相馬家なんか18代義胤(利胤の子)の後見人が16代義胤(15代盛胤の子、13代盛胤のひ孫)だったりする

  13. 人間七七四年 | URL | -

    同じ諱が頻出するので有名なのは福原氏だよね。
    広俊、貞俊、元俊が順繰りに現れると言う。しかも官途や受領も被るし...

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