週間ブログ拍手ランキング【03/09~/15】

2017年03月15日 19:12

03/09~/15のブログ拍手ランキングです!


山口さんお疲れ様です。 45

讃岐守の子は油断できない 22

「織田信長は類なき大うつけ者」 15
大河ドラマ応援エピソード 12

大人・公子の御身として、幽霊女の真似など 10
此の方の宛名は何と書いた 10
すなわち御名を織田三郎信長と付けなさる。 10

髪に伽羅を 9
もはやというところで余りの苦しさに 8
三州山中八幡の事  7

「父は知らず。母は官女」 6
賊軍の平行長から 6
平戸広前院、壱岐覚音寺、田平弥勒寺、城下正安寺、誓願寺等鐘之事 6

坂田五郎左衛門、穴沢左近と勝負之こと 付異聞 5
種子島蔵人 5


今週の1位はこちら!山口さんお疲れ様です。です!
この山口直友という人、かなり不思議な人物で、丹波赤井氏出身なのですが何故か信濃山口氏を相続しいつの間にやら
徳川家康に仕え近習と成っていたりと、徳川家中でもかなり珍しい経歴の人ですね。
なお、この、かなりアクティブな経歴からは「ホントかよ?」と思ってしまうのですが、病弱だったようで、
そのため長く女性を遠ざけていたにも関わらず。60歳になってから18歳の妻を娶り、この妻が早世すると
74歳で19歳の妻と再婚するという、老齢に成ってから何かに目覚めたフシのある方でもありますw

それにしても徳川家康という人は、こういう学術的な技能を持つ家臣をわりと大切にしますね。
オランダ人から時計が献上されたときも、家臣にこれを分解させてその原理や技術を習得させています。
信長が時計を献上された時、「我々では壊れても修理できないから」とそれを返した、なんて話がフロイスの日本史に
収録されていますが、こう言ったあたりに信長と家康の個性の違いを見ることができるかもしれません。
このあたりも一般的な印象と逆ですが、織田信長という人はかなり素朴な武辺の人で、家康の方が新奇なもの大好き、
だったりします。
そんなこともふと思ったりしました。

2位はこちら!讃岐守の子は油断できないです
島原の乱の頃は、何のかんのでまだまだ徳川家中の「武功派」が生きていますから、若手との摩擦というのは
当然有ったことでしょう。そんな一面を感じさせてくれる逸話です。
それにしてもこの時期の幕府重臣というのは、この酒井忠朝もそうですが、この手の組織の中の摩擦をうまく調整する
能力に長けた人が多い、って感じがありますね。「豊臣政権」にこの手の能力を持つ人が少なく、結果分解してしまった
事を考えるに、非常に対照的に思えます。
こう言った人材が集まったこと、意図的なのか偶然なのか。相違言ったことをいろいろ考えてみるのも、面白そうです。

今週管理人が気になった逸話はこちら!
「織田信長は類なき大うつけ者」です!
個人的には、若い頃の織田信長は、本気でグレていた、と思っていますw
それが、平手政秀の切腹などで改心して、「世間から模範的な武士と呼ばれるようになろう!」と一念発起した事が、結果として
彼を天下取りの道に進ませた。と考えています。
そういう目で見たほうが、織田信長という人物をわりと素直に理解できると思うのですよね。
前にそんな風に考えていたことをふと思い出した逸話でした。


今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してみてくださいね!
( ´ ▽ ` )
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