敵を射伏ば自軍の利。後まで苦しめるは不仁の業

2017年03月22日 10:39

739 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/22(水) 03:35:29.81 ID:OMqm+fgI
同じ頃(甲斐領地直後)、東照宮(徳川家康)が武田家の士・横田甚右衛門(尹松)らを
召して、信玄の事を物語りさせて聞きなさった時、

「御坊の時は火縄はどのようにしたのか」と、御尋ねになった。

すると、「柿の渋に石灰を入れて火縄を染めますと、年を経ても使えます」と答え申した。
東照宮は横田、または城意庵などに信玄のことを“御坊”と仰せになったという。

また、武田家において鏃をゆるく詰めたのは、敵の肉の中に鏃を残すためであると申す
のを聞きなさり、東照宮は、

「士がいくさに臨むのは皆その主君のためであるのだよ。敵を射伏せば自軍の利となる
であろう。けれども、後まで人を苦しめるのは不仁の業である。今日から我が家の士は
鏃を堅く詰めよ」

と、仰せ出したのであった。

――『常山紀談』



740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/22(水) 07:03:58.34 ID:95mxgnAJ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1963.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5892.html
前にも出てたけど出典はなかったか
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