小早川隆景の学校、太田道灌釈菜の和歌

2017年03月22日 10:40

738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/21(火) 22:02:38.95 ID:c2T4aYH7
小早川隆景の学校、太田道灌釈菜の和歌

 公鑑(林述斎)が語った。

 我が国に幕府が開く以前は天下で兵乱が打ち続き、
儒教文籍が地を払って絶えていた。
この時に小早川隆景は筑前の名島で学校を設立したという。
珍しいことである。

 また太田道灌の『慕景集』には釈菜の歌がある。
二月の釈菜を金沢文庫で行うと三好日向守勝之のもとから申しこしてきたので、
「隣家梅花」という題を、聖人への供物に添えて送るとて

はな(る)なれやよよ友垣の近きには 遠きもなるる梅の下風

と詠ったという。
これは『論語』の首章である、
「学びて時に之を習ふ。亦説ばしからずや。
朋有り、遠方より来たる。亦楽しからずや。
人知らずして慍みず、亦君子ならずや。」

の意をいっているのだろう。

(甲子夜話)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>小早川隆景の学校
    名島学校のことですね?本当に先見の明があるお人ですね
    しかし遺構も見つからないって事は、その後を継承する人が
    現れなかったと云う事でしょうかね?

  2. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    黒田家譜で貝原益軒が隆景さんをべた褒めするのもこれが契機なんだろうか。
    あの人も、本草学で有名だけど儒学者だし。

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