文禄元年、フィリピン諸島長官ゴメス・ペレス・ダマ・マリニヤスより豊臣秀吉に贈りし書簡

2017年03月25日 17:34

700 名前:1/2[sage] 投稿日:2017/03/25(土) 17:29:14.49 ID:w3PsfF11
1592年(文禄元年)、フィリピン諸島長官ゴメス・ペレス・ダマ・マリニヤスより豊臣秀吉に贈りし書簡

『カスチリヤ、レオン、アラゴン、両シチリア、エルサレム、ポルトガル、ナバラ、グラナダ、サルジニヤ、
コルシカ、ムルシア、ハエン、アルガルベス、アルヘシラ、ジブラルタル、東西インド、
大洋中の諸島及び大陸の王、アウストリヤの大公爵、ブルゴーニュ、ブラバント及びミランの公爵、
ハプスブルク、フランデル、ブレターニュ及びチロル等の伯爵なる我らの君、ドン・フェリペ二世王のため、
当大群島の諸島および西部地方の長官兼司令官たるサンチアゴの騎士、ゴメス・ペレス・ダス・マリニヤス、
高貴にして強大なる君主関白に当然の敬礼を致し、健康と恒久の幸運とを祈る。

御家臣にてキリスト教徒たる日本人、原田孫七郎(Faranda Mangoschiro)は当地に着し、貴王の一身に関する
報告をなし、その内容に私は甚だ喜び、天の神が貴王に授けられた勇気・思慮・および勢力に対し大いなる好意を表す。

原田は数日前、私に一つの書簡を与えた。その形式の整っていることと、文体の壮重なるにおいては、
大いなる君主の書簡と見えたが、それを届けた使者が、これを派遣する人、及びその使いする先の
人の格、そして使命の重大さについて必要とする材幹および資格を備えない、甚だ卑しくまた貧しい人物
であり、しかも食料その他の商品を搭載してこの地に来る普通の商船にて渡来し、航程甚だ遅れたるが故に、
この書簡は、この原田なる人物が当地において一層の尊敬を受けたいという私的な目的のため、自分、もしくは
他人の手によって作ったものではないかと疑った。

また私は、当地に日本語とイスパニヤ語を解する信頼すべき通訳を持っておらず、彼自らが書簡の内容、及び
使命を説明したため、書簡の言葉の真実の意味を疑いった、
もし日本国王より私に書簡を贈る時は、その地に耶蘇会のパードレその他イスパニヤ人が存在するので、
彼らを用いて、少なくともこれを私の国語に翻訳したものを送られると考えたのだ。

これ故に、私は未だこの原田という人物のもたらした書簡を読まず、その使命を明らかにしてはいない。
彼が貴王、及び私に欺瞞を計っているのではないかと疑い、その実否の判断を保留している。
しかし貴書、および貴使節らしい所がある一点を思い、礼儀を守ってこの書簡を書き、原田が私のために
作った翻訳により、わずかに知り得た所に対し、貴書に答える。

私は、徳高く慈悲深き長老代野パードレ、フライ・フワン・コボを派遣する。彼は当諸島において
最も尊敬され、その思慮及び勇気あるがため、私が最も重要なることを告げ、その意見を求める人である。

彼は私の名において、貴大王に当然の敬意を表すだろう。そして使節の言う所が真実であれば、私は
貴手に接吻し、今も、また将来も交友たることを明言し、世界において最も偉大なる我が主君たる
国王の名を以て、貴王の幸福を喜び、不幸を悲しみ、天の王がこれを除かれることを祈る。

701 名前:2/2[sage] 投稿日:2017/03/25(土) 17:30:04.48 ID:w3PsfF11
東インド及び当地方より日本に赴く我が国王の臣民たるイスマニヤ人が、貴王の手より受ける厚遇及び
恩恵に対して、我が君なる国王の名を以て、親交を希望し、当地においても、貴王の臣民に対し同一の
愛情を以て、及ぶ限りの厚遇をするだろう。

私はこの人のもたらした使命の真実か否かの報知を得るの恩恵を希望する。
もし真実であるのなら、我が君である国王に対する決意及び義務に背反しない限り、この如く偉大なる君主に
相当する友情を以て答え、我が国王にはすぐにこれを報告し、その命を仰ぐだろう。

私は、我が国王及び日本国王の如く、偉大なる両君主の間には、満足なる結末を見るだろうと信じる。
真実なる友情及び同盟が存在することは、世界の平和と一般の満足とをもたらし、また諸王の王である
全能の神の栄光と成るべきを期待する。

日本より私が大いに珍重する物を贈られたことを以て、私も又返礼として、イスマニヤの珍奇なるものを
贈ろうと欲するが、武士の間で最も珍重するのは武器であるが故に、剣および短剣1ダースを贈る。
これは当地において用いる、最も精巧な品である。
これを贈る者の好意を思い、友情の証として貴王の幸福及び強盛を望む我が手より受納されることを請う。

本書感を携える者は、前に述べたることの実否を知ろうとするためにのみ赴く者であるので、
その地において知りたいと思う事は、彼に聞いてほしい、

我らの主が貴王の身を護り、多くの幸福を与え給わんことを。

我らの主にして救主たるイエス・キリスト生誕の1592年6月11日(文禄元年5月2日)
マニラより。』

(異国叢書)

>>696の書状に対するフィリピン総督の返信。どうも原田さん、非常に適当なことを言ったようである。


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    16c末17c初のスペインだと、英西戦争真っ只中で極東に艦隊送る余裕はないよね。
    数千だけでもまとまった兵力揚陸できればワンチャンあったんだろうけど、どっちにしてもスペイン艦隊が太平洋に戻ってきたら航路を維持できなさそう。

  2. | |

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  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    ワンチャンすらないと思うぞ
    根本的に兵力が違いすぎる上に策源地が遠いマニラでは兵站は期待できない
    武器も勝ってるといえるのは大砲の数くらいで騎兵に至っては航海中に全滅の恐れすらある
    そもそも大航海時代の技術でバルチック艦隊の真似事をやるんだから無事到達できたらそれだけで偉業

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    あーすまん、逆だ逆。
    書き方悪かったね。秀吉なり家光なりがフィリピン征服に乗り出したら安定支配はできたのかなって話で。
    陸兵をある程度揚陸できたら日本側にもチャンスはあったんかなと考えて、外洋航海技術が潰滅的な日本じゃ航路維持が難しいなあと。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    スペイン・ハプスブルグの領地に対してこの外交態度は何なの?と前半は皮肉で言っていますね。
    後半は
    今まで通り仲良くしてくれるなら俺の権限の範囲で優遇出来るけど、あんまり高圧的な態度取るなら本国に報告しなきゃいけないからね?
    この原田が偽書書いたって事で手打ちにしない?
    と美辞麗句と慣用句にまみれて書かれています。大友宗鱗からの大砲を催促する書状にも同じような慣用句が使われているので、此方は豊後にいたパードレに書かせた物なのでしょう。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    まあ、どちらかがたとえ戦いを望んだとしてもこの時代の技術と状況で東亜と欧州の全面戦争はまず無理だよなあ

  7. ※3 | URL | -

    ※4
    あらやだ私ったら///

    首尾よく上陸できてルソン島を席捲できたとしても最後はマニラ攻略戦が待ってるからなあ
    17世紀のマニラは堀と稜堡とふんだんな要塞砲で守られた世界最先端の防衛拠点だし
    絶頂期のオランダですら攻略できなかった城を正攻法で落とすのは多分無理だべな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    当時のスペインじゃマニラはどうやっても日本から守りきれないからなあ。
    攻められたら一瞬で陥落する。
    総督が貢物送ってへりくだるのは当然。

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