「戦闘技術の歴史」5東洋編Fighting techniques of the oriental world より、戦国時代の描写

2017年03月31日 21:45

707 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/30(木) 20:44:20.54 ID:oD8J3lSn
「戦闘技術の歴史」5東洋編Fighting techniques of the oriental worldより
同シリーズは「1古代編」「2中世編」「3近世編」「4ナポレオンの時代編」「5東洋編」で構成されていて
戦国時代関連の記述見るといろいろおもしろい、以下内容を抜粋。
(原著の論旨を損なわない範囲で訳者が補訂しているため極端におかしな箇所はない)
・大名の家臣たちが提供すべき兵士の人数や装備は、田畑の生産高で評価される財産額に応じて決められていた。
単位は一人の人間が一年間に消費する米の量「石」である。
・日本では20種類以上の陣形(中国の陣形を取り入れたものもある)があり、代表的なものとしては
「鋒矢」「方円」「鶴翼」「雁行」「魚鱗」「衡軛」などがある。
・日本の軍隊には太鼓所役という専任の鼓手がいて、仲間が背負った太鼓を所定のリズムで叩いて戦闘を指示した。
・1561年の川中島の戦いでは武田軍は啄木鳥戦法を用いて挟み撃ちにしようとしたが(ry(出典:甲陽軍鑑)
・「雑兵物語」という兵学書によれば接近戦での刀の扱い方を説いた記述があり「兜を狙うがいい、ただお貸し刀がなまくらなら手足をねらえ」とある
・「箕輪軍記」という日本の軍記物語には100人の鉄砲足軽が一度の戦いで600~700人もの敵兵を倒したと記されている。
・信玄の騎馬隊は伝説として語り継がれた。16世紀中頃は騎兵が主流を占めたが武田軍の戦いの多くでは残存兵を一周するため下馬を余儀なくされ、
徒歩の従者が同行していたため進軍速度も上がらなかった。また、当時の日本の馬は、体高も体重も現代の馬の半分しかなかった。
・長篠の戦いで武田勝頼は3万3千の兵のうち2万7千以上は騎馬武者とその従者であったが、馬防柵と3000丁の火縄銃の集団斉射により敗れてしまった。
(この戦いでは小火器の役割が誇張されがち、とも書かれている)こうして日本では騎兵時代はほとんど始まりもしないうちに、終わってしまった。
・三成は小早川が裏切ることを懸念してか戦況に影響がないように自軍の右翼に据えた。これは実戦経験の少ない武将の誤算であった。
・三成は地の利を活かし、盆地を見下ろす高台に軍を配し、三方から敵を攻撃できるようにした。
・家康は17歳の小早川秀秋が寝返らないためしびれをきらし、火縄銃兵隊(マッチロック式マスケット銃で武装)に、斉射させた。小早川軍は大谷軍に襲いかかった。
・島津義弘は関ヶ原で行動しなかったが、これは夜襲の提案を一蹴されたからである。
・島津義弘の甥は義弘と兜を交換し、獲物をあさる赤鬼(井伊直政)に立ち向かい、追撃を十分に遅らせるが、討ち取られ、他の多くの首級とともに晒された。
・忍者の軍事行動に関しては伝説化され誇張された物が多いが、たとえば1600年の関ヶ原の戦いにおいて、島津軍の忍者は死体に扮した狙撃者を残し、
本隊が退却した後に起き上がり標的を向かって狙撃した。高名な井伊直政もこの時銃撃を受けて重傷を負ったという。
・李舜臣は優れた指揮能力により朝鮮を救ったが、その後日本軍への攻撃命令を拒んだことから国王の不興を買う。
李舜臣は攻撃命令が、日本側の密偵からの偽情報に基づくものだとわかっていたのだ。
・大坂の陣において、秀頼は真田幸村という強力な味方を得た。彼は城を守る名人であり、彼にちなんだ真田丸に、徳川軍をおびき寄せて一斉射撃で撃退した。
などなど、「東洋編」にしては図説のある20の戦争中8つが日本関係で(川中島、長篠、文永の役、弘安の役、閑山島海戦、関ヶ原、大坂の陣、晋州)



709 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/30(木) 23:36:12.16 ID:ruAHZZqv
馬の速度は時速15kmらしい
それに対して人のは12kmだそうだ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この手の話題だと戦国時代の後半に軍事革命が、ってよく言うけどそもそも比較対象である
    古代から戦国前半の軍事研究がまともに進んでない印象だから
    鉄砲の登場以外に関しては結論出すのはまだ早い気がするんだよな
    一時期流行った騎馬隊or乗馬戦闘否定説なんかも室町までの史料や軍記に騎馬の集団で戦う場面が描写されてるのを考慮してるとは到底思えなかったし

  2. 人間七七四年 | URL | -

    応仁の乱の時には中国由来の火器があったって話もあるしな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    戦闘民族SATSUMA人がついにNINJA認定を受けたか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    日本の馬はポニー程度の大きさだったから鎧武者なんて乗れるわけない
    →木曽馬は小さくても力持ちで普通に乗せられました
    とかもあるしこの手の指摘は思いつきノー検証が多くて嫌になっちゃう

  5. 人間七七四年 | URL | -

    そもそもポニーだって体当たりされたり噛まれたりすれば
    それなりにダメージ食らうよね…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    今でこそ全方位から攻撃される騎馬突撃全否定論だけど。

    「武田騎馬軍団はナポレオン騎兵にも負けない最強騎兵なんだ!」
    とか真顔でほざいてた当時の歴オタの後頭部を鈍器でどつくという大事な役目を果たしてはくれた。
    なおある一定以上の年代にはまだまだ棲息している模様。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    セルビア軽騎兵とかクロアチア軽騎兵とかポニーにのって勇名を馳せていたので、ポニーが戦争向きでないということはなかったり

  8. 人間七七四年 | URL | -

    陣形について書かれていたムック本では、戦国時代に何十種類もの陣形を用いた戦法が用いられていたという考えに懐疑的だったなぁ。理由は、雑兵にそんな訓練施す暇はなかったことと、陣形は地形に制限されるからだと。
    後々から見てたまたまそういう陣形になっていたに過ぎなかったのではという結論だった。
    武田信玄に関しては「進めといったら進み、止まれといったら止まる」軍を作ろうとしていたし、それがほぼ成功していたのだが、当時の軍(というか陣形)は最高レベルでもそういう程度だったとのこと。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    そのあたり乃至政彦「戦国の陣形」で考証されてたけど
    結論としては戦国時代に精緻な陣形が活用されたことはなく、単に散らばってたり固まってたり、を表してただけ、江戸時代に入って
    軍学が流行してからそれまで名前だけあった陣形に内容が考案された、て感じだった

  10. 人間七七四年 | URL | -

    「固まって突破しろ」とか「広がって取り込め」とかの大まかな指示はあったけど
    細かい動きは数十とか数百の隊ごとに任すって感じだったんだろうな
    鶴翼とか魚鱗っていう言葉自体は戦国よりずっと前の太平記でも出てくるし

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ローマの精巧な方陣がガリアの正面突撃に破られたりしてるし、明との会戦で大勝出来たのも各個に戦う小隊戦術に慣れてたのかもしれないですね。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    薩摩で忍者と言うと、日新斎や義弘が用いていた
    くぐり衆という山伏の集団がいますね。
    (ご当地ヒーローの「薩摩剣士隼人」に出てくる
    くぐり狐衆はここから名付けられる)

  13. 人間七七四年 | URL | -

    当時の外国人が記した記録ではなく、現代の外国人が
    現代の日本人の書物を読んで書いた本なのか・・・
    欧州の戦争と比べると、日本の合戦は穏やかなものだと宣教師が記してるから
    当時の日本の戦は欧州または中国大陸とは大分違ったんだろうな
    ポニー云々は既に否定されてなかったっけ?
    在来馬はずんぐりむっくりしてはいるが、体高150㎝の馬もいたと分かってるし
    中国ドラマで使われてる馬も、アラビア馬とは違い
    小柄でずんぐりむっくりして、ポニーと言われたら見えなくもないが
    機動力は違うったぞ、鎧姿の兵隊乗せて走ってたし

  14. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも蒙古馬と血統同じなので、乗れなかったら遊牧民族が困るだろ。
    そして日本の武士は騎馬にのって弓を撃って戦っていたわけであって、槍もって騎兵突撃していたわけじゃない。
    これは遊牧民族も同じ。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    西洋のランスも元はアヴァール人の武器を東ローマ帝国が取り入れたのが始まり
    アヴァール人は柔然と同一の民族という説があり、柔然は鮮卑の従属下にあった
    鮮卑は隋や唐を建てた民族で、隋唐の騎士は槊という騎槍を装備していた

    つまりランスは中国北方のテュルク系民族にその起源があると考えられる
    そこで飼われていた馬はモウコノウマの流れをくむ小型馬だと思われるので
    結局のところ騎馬突撃はやれるどころかそっちが本家本元という話になる

  16. 人間七七四年 | URL | -

    槍はどのくらい馬上で使われたかあんまり分からないけど、
    薙刀や大太刀を使った馬上戦闘は南北朝から室町までは
    基本戦術って捉えられるくらい記述があるから刃物を使った騎馬突撃は普通にあったんじゃ

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    「ポニー」の定義が肩の高さまでが約150cm以下とかではなかった?
    現代人がポニーと言われると100cmにも満たない
    「ミニチュアホース」辺りを想像する人が多そうだけど、
    木曽馬などをみて「ポニー」って言うと驚きそう

  18. 人間七七四年 | URL | -

    ポニーといえば、ナリタブラリアンを思い出す。
    鍛えりゃポニーだろうが早く逞しくなるんだなって。

  19. 名無し | URL | -

    人の全速力は50mしか持たず、走り終えた後はバテてる。馬の走りと同じに捉えてはいけない

  20. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    馬と聞いて一般的に思い浮かぶサラブレッドなんて馬のなかじゃ華奢なほうで軍馬には向かないだろうな

  21. 人間七七四年 | URL | -

    ※20
    サラブレッドの生産が盛況になったのは19世紀に入ってからだから
    騎兵用としての資質を試される機会はほとんどなかったんだよな
    ただ日本でも陸軍向けの種牡馬として輸入されていたようだから
    サラブレッドやサラ系の馬が戦場に立たなかった訳ではないと思う

    洋馬は在来馬と比べて雑草は食えないわすぐ腹を壊すわでお世話が大変だったらしいが

  22. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    よくよく考えれば初期のサラブレッドは2マイル3マイルを数回走って優劣を競っていたんだよな
    いまのサラブレッドとは頑強さに雲泥の差があるか

  23. 人間七七四年 | URL | -

    木曽馬でも重量は350~420キロという巨獣なわけで
    そんなもんが走って来て、ぶつかったり蹴られたり踏まれたらただでは済まない
    攻撃に成功して倒せても下敷きになったら死にかねない
    統制のとれた集団でないと立ち向かえるものではない

  24. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    で、今度はお前のような馬鹿なヲタが後頭部を日本刀で両断されたわけだ。
    「つーかいたの?いても別に騎馬武者精強だしおかしくもない。」「騎馬武者いない!ポニーガー!」の珍説に役割も糞もない。
    なおお前のような馬鹿なヲタはまだまだ一定数いる存在する模様。

  25. 人間七七四年 | URL | -

    ・そもそも李は負けたし、救ってはいないだろ。見抜けてもいないし過大評価。

  26. 人間七七四年 | URL | -

    ・そもそも李は負けたし、救ってはいないだろ。見抜けてもいないし過大評価。
    馬鹿なヲタの後頭部を

  27. 人間七七四年 | URL | -

    「騎馬武者いない!ポニーガー!後頭部ガー」の珍説唱える馬鹿なヲタの後頭部を日本刀でズバッと両断した珍説否定こそ素晴らしい。

  28. 人間七七四年 | URL | -

    自前のあるし、期限説とかいらん。

  29. 人間七七四年 | URL | -

    自前のあるし、起源説とかいらん。

  30. ※6 | URL | -

    ※24
    1.騎馬武者と兵科としての騎兵隊がイメージの上で混同された状態。(軍記物、講談などに由来する理解)
    2.いくつかの傍証から当時は騎兵という兵科はなく騎馬突撃もなかったという理解。
    3.着到状の研究により兵科別の編成はあったこと、武田の騎馬突撃は織田が警戒する程度にはあったらしいことが判明。

    この時系列の中で、1から2へのパラダイムシフトが起こったということを言っている。
    2から3へのパラダイムシフトが起こった今では古い説だけど、当時としては意味があったよと。
    そして市井の歴史好きはまだ1の段階に取り残されている人が多くいるよと。

    まさか騎馬隊肯定という1点だけで1と3を同一視してるわけじゃないよな?

  31. 人間七七四年 | URL | -

    ※24見たいにバカだ何だとゴチャゴチャ言ってる奴が一番のバカなんだけどな
    相手に反論したいのなら、ちゃんと論理立てて説明すれば良いだけ
    相手を見下すだけなら、そりゃ一番楽チンだろうよ

    これ以上無駄な罵りあいや自論展開だけのカキコなら、頼むから他所行ってやってくれ

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