狂言、鷺仁右衛門、五徳の紋所。鷺と称する苗字の事

2017年04月06日 16:38

790 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/05(水) 22:38:22.47 ID:eT3s4jQ3
狂言、鷺仁右衛門、五徳の紋所。鷺と称する苗字の事

狂言師の鷺仁右衛門の紋所は五徳〔鉄三脚子〕の形である。
予はあるとき、その紋にはどのような由緒があるのかと問うた。

「これは某の祖が神君の側につかえていたときのことです。
神君は御戯れにハサミで色々な切り紙を遊ばれていた中で、
五徳の御きり形が有りました。
それを某の祖が賜り、続けて
ただちに家紋にせよとの命があったので、今に伝わっているのでございます。」

と言った。ならば御当家の古い賜物であった。
また鷺という苗字のことはどうなのだと問うと、

「これは昔"鷺"という狂言があり、某の祖先がその狂言を披露すると、
仰せで
『後で人に譲るのも口惜しいことだ。
以来はこの狂言は止めてしてはならない。
よって家名を鷺と称すべし』
とのことがありまして、これよりこのように称しています。
故にかの鷺という狂言の一巻は皆封じて今は家宝とし、
それからその狂言は今は演じないことに成りました。」

との答えがあった。
その仰せというのは神君か若しくは太閤であったか、今は忘れた。

『猿楽伝』という書には、
「鷺の家の本名は長命権之丞で、狂言の上手である。
太閤の御意に入れられている。九州名護屋で御宿泊の時、
水辺へ御成りがあって御遊興の時、権之丞は川へ飛び入り、
鷺のドジョウを踏むまねをして、御入興から鷺々と召され、
それから鷺と改めさせなさった。その子は鷺仁右衛門云々」

と記してあった。仁右衛門の言と等しくない。
しかし仁右衛門の言葉はその家の伝えなので、これに従うべきだ。


予はまた、祖先は朝鮮攻めのときには名護屋へ随従したのかと問うと
もちろん随ったとの答えがあった。
ならば名護屋御遊興云々のことも棄却してはならないだろう。

(甲子夜話続編)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >神君か若しくは太閤であったか、今は忘れた
    このネーミングセンスは多分・・・

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