誠の忠臣と言うものは

2017年04月30日 21:04

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/29(土) 21:30:59.16 ID:D4Uk5VwP
上杉謙信が小姓より引き立てた侍の内、河田豊前守長親という人物は、元近江国守山の、地侍の子であった。
永禄四年三月、謙信は上洛し将軍足利義輝に謁見したが、この時清水において、この河田が、当時14歳であったが
これを召し連れ越後に帰国し、後には四十万石の知行を与えた。
これは男色の寵が類無かった故である。

ある時、謙信は河田を叱責し、刀を抜いて今にも成敗せんとしたが、河田はその場を退かなかった。
謙信は刀をおさめて言った

「私が河田をこれ程秘蔵に思っているのに、これを成敗すると言い出せば、『私が身代わりに成ります!』と
言って出て来る者があるべきなのに、誠の忠臣と言うものは居ないものだ。」

そこに一人出て「某を誅されよ!」と、頸を差し出して出た。謙信はこれを赦免したという。

(士談)


759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/05/01(月) 10:30:34.60 ID:baWek3vu
実際にはどれ位の知行だったんだろ河田?

768 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/05/10(水) 14:50:03.20 ID:JI8gJ8Gs
>>758
謙信が女犯を退けて男色を愛したのは、全き美談なれど、
後から忠信面をして頸を差し出す家来の話は嫌らしいな。
よって、ここに入れられたのか。
して『士談』の何巻に此の話は入っているのぢやろう?
包まづ教えて下さらぬかのう。

769 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/05/10(水) 15:13:07.23 ID:Cwe02d0j
貞観政要 巻五 誠信第十七
貞観の初め、太宗(李世民)にある者が「佞臣を見分ける方法をお教えします」と上申してきた。
太宗「朕が任命しているものは皆賢臣と思い任じているのだが、お前は誰が佞臣かわかるのか?」
ある者「陛下がわざとお怒りになった時、あえて直言・諫言してくるものがあればそれは賢臣で、
阿諛追従するものがあれば佞人です」
太宗は側近に「君主が自ら偽れば臣下もそのようにするだろう、源泉が濁れば下流の水も濁る、道理に合わない。
朕はかねてから魏武(曹操)を詭弁の多い者だと嫌っている」と話し、
「朕は天下に信頼が行き渡ることを望み詭弁は行わない、お前の言葉は善といえども実行することはできぬ」と書いて送った。

謙信も李世民を見習うべき

770 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/05/10(水) 15:26:15.88 ID:JI8gJ8Gs
謙信は敢えて作り怒りを演じたのでは無かろうて。

疎漏なる言は相成らぬぞよ。

よいな。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    まず河田さん有能だったからいいけど、下手したら国が傾いてたなあ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    四十万石?
    って思ったけど、能登越中の兵権預かってたこと考えたら確かに四十万石か

  3. 人間七七四年 | URL | -

    北条高広「拙者の首をはねて下され!」
    謙信「うむ」
    北条「えっ」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ああ、史書や軍記物で読んだかっこいいエピソードをやってみたかったのかなあ・・・
    謙信ってそういうところあるよな(偏見)

  5. 人間七七四年 | URL | -

    源頼政の鵺退治の話を聞いて、
    その40年前の源義家は鳴弦だけで魔物を追っ払ったのに
    って泣く軍人さんだからな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    相変わらず軍神様はやること考えることがエキセントリック過ぎて
    仕えるのは色々と大変そうだな…

  7. 人間七七四年 | URL | -

    無茶振りな話多いよね

  8. 人間七七四年 | URL | -

    (後世の俺みたいな人間から見れば)意識高い系と揶揄したくなるんだけど、それに伴う実力がバリバリにあって、(俺みたいなクズが)何も言えなくなるという。なんというか、一人だけ時代設定間違えてねーか、というか、近世間近なのに上古の半神半人みたいな設定の人間が活動しているというか。戦国時代のファンタジーっぽさを一人で物凄い勢いで増幅している人。神の悪戯。

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