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細川忠興、小堀遠州を助ける・いい話

2008年10月16日 10:56

700 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/08/20(水) 20:25:41 ID:vAyBjRy1
小堀遠州と細川忠興は共に、世に文化人大名として認識されていたが、忠興は遠州のことを
酷く嫌っていた。かつて二条城で二人が出会ったとき、挨拶しようとした遠州を忠興は無視して
通り過ぎたこともあった。「遠州の茶道は武士のたしなむものではない」
忠興はそのように思っていたらしい。

その、遠州に危機が訪れた。
かれは幕府の依頼で五機内の天領の管理を任されていたのだが、あるときそこに、幕府の財政調査が入り、
遠州管理下での財務が、大幅な赤字に陥っていることが判明した。
「遠州は責任を取って切腹させられる」「小堀家もお取り潰しか」
遠州には、大名幕臣にも多くの弟子や友人がいたが、事は幕府天領の問題。幕府を恐れ、誰も、遠州のために
動けずにいた。

このとき、一人の大名が声をあげた。
細川忠興である。

「遠州は名高き数寄者である。このような過失により彼を滅亡させてしまっては、天下の名器を失うと同じではないか」

そしてかれは、すぐさま遠州に一千両を届けた。
これを聞いた遠州の友人、知人、そして茶の道を嗜む多くの者たちが、忠興に続けと、次々と遠州に寄付を申し出た。
たちまちのうちにその金額は借財の倍にもなり、遠州は無事、この危機を乗り切った。小堀家は、改易を免れた。

感激し、感謝の念を伝えた遠州だが、、忠興はそれ以後も以前と同じく、遠州の芸術を断固として認めなかったという。




701 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/08/20(水) 20:41:47 ID:hSFS7ypL
ツンデレw

703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/08/20(水) 21:09:15 ID:U4Y1zlL1
>>700
忠興かっこいいじゃんw

704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/08/20(水) 22:15:03 ID:2qKAOkeh
>>700



その話後日談があるんですよね。


ある日建設中の二条城の御幸御殿に家光の命で下見にやって来た忠興と息子の忠利。

作事奉行の遠州は後ろの方に下がってうやうやしく腰を低くかがめっぱなしでつき従っていた

そんな遠州を忠興はガン無視、忠利が注意を促してもしらんぷり
結局一言も声をかける事なく検分終了。

後で忠利が「父上は小堀遠州をお忘れなさいましたか」と咎めると、
忠興は腰を低く屈めた遠州の真似をしながら
「それは袴腰を背うちにあてたる男か」と嘲笑った。
どうも遠州の卑屈な態度が忠興の気に触ったようです。


遠州を芸術家としては買っていた忠興も人間的には嫌いだったって事でしょうか。
遠州の逸話を調べると大抵上にはへつらい下に威張る俗物って話ばかりで自分もこの人は嫌いです。


705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/08/20(水) 22:31:58 ID:vAyBjRy1
>>704
うーん、個人的にはもうちょっと複雑な、たとえば茶碗について、自分はどうしても気に入らないけど、世間的に
名品と呼ばれ大切にされるのは解る、ってのと同じような感覚なんじゃないかな?と、考えます。

712 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/08/21(木) 19:41:34 ID:UsAFcNuI
>>704-705
人間である以上贔屓目が入るから
「こいつ嫌いやなぁ・・でも作品は認めるぜ」ってのはなかなか難しいことですよ
細川忠興を擁護する気はないんだけど



関連
細川三斎、小堀遠州と顔を合わせて
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3132.html
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