「南蛮寺興廃記」より、キリスト教布教の様子

2017年06月13日 15:29

859 名前:「南蛮寺興廃記」3[sage] 投稿日:2017/06/12(月) 20:13:59.55 ID:NCJxUsnF
「南蛮寺興廃記」より、キリスト教布教の様子

是を伝聞して五畿内は勿論、四国・中国・京近国来集すること夥し。
南蛮寺は日々群衆を成すと雖も宗に帰伏せざる者には本尊を拝することなし
南蛮寺には此の群衆の人にはいささかも構わず洛中洛外へ人を出し或いは
山野の辻堂橋の下などに至るまで非人・乞食等の大病難病等の者を尋ね捜し
召し連れ来たらしめ風呂に入れて五体を清め、衣服を与えて之を暖め、
療養しける程に昨日の乞食、今日は唐織の衣服を身に纏い病も自らこころよく
快復せるたぐい多し。なかんずく癩・瘡等の難病、南蛮流の外療を受け
数月をへずして全快し誠の仏菩薩今世に出現し救世済度したまうなりと
近国貧賤にて我が力に叶わざる者、或いは諸医の療養に治すこと能わざる者
貴賤ともに南蛮寺に群衆すること斜めならざりけり。
両イルマン悉く是を南蛮寺に留めて良薬を施し医療半ばに快復する病人共を率い
是等に説いて曰く、「そもそも我が本国は四十二箇国といえども此の国の類に非ず。大国なり。
然れども天に帝釈を敬うが故に貧賤の者なく難病に侵さるる者なし。
我が国王仁慈にて国民を憐れみ恵む。其れ世界の諸国此の天帝を崇敬して貧苦病難の
患を逃れ現安後楽の宗法を知らず。今生の苦患のみならず未来永劫の罪に陥ることを
憐れみて今我等の如き者を世界に渡して此の天帝の法を弘通せしたまう所なり。
此の日本等の如きは天帝を敬うことを知らざるが故に貧賤なる者多し。
是より起きて邪欲深く盗賊悪党をなし、或いは難病等の患いに沈みて未来善所の願も
叶わざれば、貧なる時は邪起こる。邪起こる故に難病又身を責む。
されば今生の病は我等の療養を以て治するも未来の難病は治する能わず。
身の不浄は洗えども心の不浄は大海の潮にもさらし尽きず。
然るに今世に邪なる事をなさずと雖も悪病貧苦に責めらるる者は前生の悪業のしからしむる所なり。
しかれば其の前生を果たさずるは永劫の罪遁るること能わず、各々心を清浄にしめ
未来の悪縁遁るるや遁れざるや此の鏡を拝せらるべし」とて三世鏡と号する宝鏡を恭しく
掛けて拝せしむ。此の者共心に信心を起こし未来の仏を見ること誠に有り難きことなり。

860 名前:「南蛮寺興廃記」3[sage] 投稿日:2017/06/12(月) 20:16:10.07 ID:NCJxUsnF
是を拝みけるに或いは牛馬鳥獣の形、或いは醜偏形の類、鏡に映りて顕れければ
此の者も驚き怖れ泣き悲しみ天帝の大慈悲を垂れて未来の罪を助けさせたまえと両イルマンに
嘆きければ両イルマン曰く「各々嘆き悲しむ所、最もなり。天帝を崇敬する所の真言を授け
与うべし。心を清浄にしめ他念なく此の数珠を以て真言を一遍唱えて一粒ごとに繰るべし」と云い
四十二粒ある数珠を与う。陀羅尼文

配後生天破羅韋 増有前生摩呂

七日の間、昼夜悪念を生ぜず此の真言を唱えて両破天連へ拝謁し天帝の宗経を戴き
天帝の御影を拝せば今日の鏡にうつる所の未来の罪業消滅しめ天帝の大慈悲を蒙るべし、と
教化しければ皆同音に真言を唱えて七日信心を凝し昼夜に真言を唱う。
両破天連両イルマン愚蒙を誑かして邪法に陥るること是等の方便なり。
(此の後寛永十五年天草原城攻めの時既に城中同音に唱えたる真言あり)
サンタマリヤ、サンタマリヤ、斯くて七日勤行をいたせば、両イルマン此の者共を
率いて仏殿に至るに美麗荘厳金銀をちりばめ金襴錦の幡翻り。各香薫し渡り光り輝き
真に極楽の七宝荘厳もかくやあらんと思うところに、両破天連、金襴の衣を纏い
仏殿に出、又真言を授けて天帝の宗法を説き畢りて両破天連を拝せしむ。
両イルマン又其の者共を率いて三世の宝鏡を拝せしむるに前度の像に引き換えて
天子の容貌四十二相を具え我が身知らず天土に至る心地にて愚蒙の者共声を放ちて
悦び泣き、両破天連曰く「汝ら七日真言を唱えると雖も心既に改めて天帝を尊敬するが
故に今世にて天上に通達しめ天帝の恵みを得たり。面々決して天帝の尊恩を忘れ奉らず。
たとい今世は火・水・磔・牛裂き・車裂きの苦しみを受けるも其れを以て未来永劫の苦に
替え、今拝し奉る所の天上に至らんと思うべし。
しからば天帝本尊を拝せしめん。
クルスという物を取り出す。此のクルスという者は黄金を以て先二寸四分程にして針を植えたる如く
にして(今の山葵卸という物の如く)二尺計りの柄を付けたる物。
彼の者共の肌を脱がせ彼のクルスを以て脊を抓むしる。骨痛み血流れ出る所の血を以て
左右の手に塗りて両手を合わせて帝釈天の画像を拝せしむ。
(此の南蛮の礼を行うがゆえに日本にて仏を拝する礼と異なりと云えり。生涯の悪を悦ぶ
と云わば未来永劫の苦にかわると云う心なるべし)。
金襴の戸帳を巻き揚げれば容顔美麗なる女体の尊容、懐中に小児を抱き乳を含めたる本尊なり。
玉の冠を戴き、身に七宝の衣を穿きたり。両破天連示して曰く「此の帝釈天は智慧を世界に
降し汝らの悲苦を以て母の子を懐に抱入れ、乳を飲する如く憐れみ恵み給う。
必ず今世を顧みることなかれ、未来永劫をたのみ奉るべしといいければ
多くの者共血まみれの手を合わせて拝して退去す。
また追々集まる所の病人快復を得、難治の者共死する(死せざる?)も数多なり。
大難病にて諸医の力に及ばざる者快復を得たるも三十人に及べる。斯くの如くの方便を
以て追々此の門徒に起伏する者夥し。

新興宗教セミナーのような書かれ方(セミナリオだと学校だ)
※国会図書館デジタルコレクションからの転載なのでコピペではありません。


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    新興宗教とか言う以前に、あんたらの祖国の貧苦病難を先に救ってやれや、と思った。

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