週間ブログ拍手ランキング【06/08~/14】

2017年06月14日 18:53

06/08~/14のブログ拍手ランキングです!


藤堂高虎遺訓ニ百ヶ条で、よくわからないもの 21

一つとして難ずるべき所無し 15

男子これなく候へとも、 13
三斎は実は 13

御鷹の鶴の胆(マル)を上げらるるときの咒文 8
「南蛮寺興廃記」より、イエズス会が伊吹山に薬草園をひらくこと 8
「南蛮寺興廃記」より、南蛮寺ができるまで 8

英雄の掘った井戸である故 7
釣り髭であった 7
今は石垣山と呼んでいる 6
三池典太光世の鎌 6

『好き』を止めよ 5
人の挨拶 5
牧野成里、池田輝政の仲介により帰参 5

吉村には似合わぬこと 4
「南蛮寺興廃記」より、キリスト教布教の様子 2


今週の1位はこちら!藤堂高虎遺訓ニ百ヶ条で、よくわからないものです!
実は追加まで含めると204ヶ条ある藤堂高虎遺訓。その中には一見現代人にはよくわからないものもあるというお話ですが、
高虎自身、叩き上げの人だけに、彼の得た教訓も体系化されているわけではなく、そのアドバイスも、この遺訓と同じように、
断片的であったり、ニュアンスを感じろ的な物ではなかったかなと想像できますね。
また彼の遺訓から、豊臣秀長や秀吉の手法も想像できるのではないかな、なんて感じます。

『藤堂高虎遺訓』は伊賀上野城のサイトからも通販できるので、興味のある方、藤堂高虎ファンの方は是非!
http://igaueno-castle.jp/?page_id=24

2位はこちら!一つとして難ずるべき所無しです!
織田家の歴々が、竹中半兵衛の軍略に感嘆するお話です。
逸話ですが時期を想像すると天正5年前後でしょうか?半兵衛は信長直臣であり、秀吉に寄騎として付けられていた筈ですね。
この逸話で面白いのは、半兵衛が自軍の戦略についてだけでなく、敵である毛利の分析について、織田家諸将から感心された、
という所でしょうか。このあたり、当時の「軍師」に求められる物は何かを表しているようで、興味深く感じました。
「軍師・竹中半兵衛伝説形成の過程の一つ」というべきお話かもしれません。

今週管理人が気になった逸話はこちら!
「南蛮寺興廃記」より、イエズス会が伊吹山に薬草園をひらくこと
「南蛮寺興廃記」より、南蛮寺ができるまで
です!
キリスト教関連の話は、やはり主に、当の宣教師たちの記録からの研究がほとんどですが、やはり日本側の記録も、
きちんと見た上でないと見方が偏る、と思います。その意味でこの>「南蛮寺興廃記」は、非常に貴重なものだと思います。
それにしても京の教会を「永禄寺」と名付けようとした、という記事は非常に面白いですね。
これはキリスト教も「寺門」の一つに組み込もうとした、と見ることが出来ますし、この路線で行けばやがてキリスト教の
上層部には、皇族や摂関家、あるいは武家の子弟が「門跡」として入ったことでしょう。いわゆる「権門体制」の中に、
キリスト教も組み込まれてしまうわけですね。
宣教師の側の、キリスト教を日本に広める運動と同時に、日本の側にもキリスト教を体制に取り込む発想があった、
という部分を想像するのも面白いかもしれません。


今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話が有りましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
( ´ ▽ ` )
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