牛頭天王の神慮

2017年06月16日 17:54

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/16(金) 04:20:17.65 ID:Yt7CmcZ5
立花家の紋所は古来より杏葉紋であったが関ヶ原の後に配流のある時、夜の夢で
筑後国祇園山が自身(立花宗茂)の頭上へ覆いかかる様を見て目を覚ました。

この夢より程なくして召し出されて、本国を賜った。これによって牛頭天王の神慮を
(宗茂は)かたじけなく思われ、かの社の守の形を家紋としたのである。

――『明良洪範』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    本当にこれで変えちゃったの?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    当初の立花祇園は「扇子の上に祇園守を載せたる様」っていう扇状のもので
    小西家と似たような祇園守紋になったのはだいぶ後らしいな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    宗茂「変えたのでごずぁいます」
    秀忠「ユーモアセンスは皆無じゃのう」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    (●▽°)「わしみたいに、他家の家紋を無理やり奪って「家の家紋」って言い張れば良かったのに」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    立花家が祇園守紋になったのは、宗茂公がキリシタンだったから。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    イエスズ会年報で柳川の領主は異教徒って明記されてるし
    寺社とのつながりが強い人物だからキリシタンというのはあり得ないんだよな
    立花祇園も当初は小西家のものとはだいぶ形状が違うものだったりするし

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