終始の勝敗は、終始の政による

2017年06月21日 20:02

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/20(火) 19:41:24.04 ID:D+B63afb
大阪夏の陣、5月7日に、大野修理は茶臼山の近くまで進出していたが、秀頼の出馬あるよう申し上げるとして
城中に引き返したが、その時大纏を持たせて城中に急ぎ退くのを、他の味方から見ると敗北して城に
逃げ帰るように見え、七手組の人数その他城外に出て戦っていた秀頼方は、悉く気後れし敗北の機が出来、
共に城に入る者も多かった。
寄せ手はこれに気を得て、いよいよ勢い強くなり、これによって豊臣勢は総敗軍となりたちまちに城中周章し、
程なく落城に及んだ。そう語る人がいる。

しかし、大阪の落城の原因はこれではない。ただ秀頼の謀の不足、群臣の異議不全によるものである。
さらに推して言えば、太閤秀吉は一旦の勢いに乗じて天下を従え、道の道たる理由を知らず、
己の私智に任せた事の余映に寄ることである。
また、この時についても、大野が不功者にて事理を糾明し得なかったため、こういうことも起きたのである。

その日、速やかに破れたのはその日の謀により、終始の勝敗はまた、終始の政によるべき事である。

(士談)

大河の真田丸なんかでも豊臣敗北の原因とされた大野の行動ですが、それは真の敗因じゃないよと
山鹿素行がすでに批判していたというお話。


900 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/20(火) 21:16:56.75 ID:i1njUqXZ
夏の陣は仕方ない
スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    とりあえず、大野のせいにしておく風潮。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    大野修理「はいはい僕のせい僕のせい」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    負け確定していたけど、最終的な決定打を
    誰に押しつけるかの話だよね。コレ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    なんか理由を求めるもんなんだろ
    特になんもなくても負けたのにな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    天庵「わしも当家が負けた理由がさっぱりじゃ」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    日根野「ワシも何故仕えた主君がことごとく滅んでいくのかさっぱりわからん」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    大友義純「わしも何で女を守るようにって言っただけなのに、家臣が離れ、家が滅びたか分からん。」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    何が直接の原因か、とするよりも、誰が悪かったのか、とした方が伝播しやすいだろうからな。
    大野兄は主君に殉じたと伝わってるだけまだマシ。
    弟が以外と戦犯だったりするし。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    大野兄弟の家、弟二人は本当に邪魔しかしていない気がする。
    そもそも、それ以前に何をしていたのかも余り詳しく記されて居ないし、
    大阪両陣位しか出てこない。末弟の治純の最後は武士らしさも感じたけどね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/10824-d791bbe7
この記事へのトラックバック