織田信長の頃まで、槍という功名は

2017年06月25日 17:43

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/25(日) 12:18:03.00 ID:MAg8NU8C
古の者の云えることを記せる書に、一番先陣、一番乗り、一番頸のそれぞれに軽重があるとしている。
但し名を得て人々から唱えられる為には、一に天命、二に国、三にその場、四に主人、といった要素が
必要であり、こう言った条件が揃わなければ、世に隠れない高名というのは成り立ち難い。

永禄天正以来の名を顕す輩は、この4つの条件を外していないのだ。
しかし高名があっても隠れて人に知られないのも、また皆天命であるから、更に恨むべきではないだろう。

また永禄天正以来、一番槍には千石、二千石、三千石、八千石までの賞が与えられている。
一番乗りには、豊臣秀吉は、一万石を宛てがうべきと定めたそうである。

保元・平治より織田信長の頃までは、槍という功名はなかった。信長の頃より、槍を以て世に誇るようになって、
それより皆以って、槍にあらざれば功にならない程に成った。

(士談)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    【速報】元亀、ハブられる

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    織田にとっては暗黒時代だものなぁ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    そりゃ信長さんが元亀嫌いだもの

  4. 人間七七四年 | URL | -

    義昭「元亀があれば何でもできる!」
    なお信長の闘魂ビンタ一発で鞆まで吹っ飛んだ模様。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    義昭「殺る気!元亀!義昭!」
    信長「追放」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    一番乗りや一番槍ごときで1万石とか戦国から100年近くも経つと話がオーバーになっていくな
    全盛期の秀吉でも良くて1千石が限界だろ、1千石から将校なんだから少なくとも戦術的な功がないと

  7. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    ??「股間の槍なら36万石の加増よ、のう輝政殿」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    鞆に移ったのは天正4年なんで大分後なんですけどね。

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