一日の間貸され候へ

2017年07月04日 12:10

76 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/07/04(火) 12:07:16.30 ID:Z7UEEGAF
弘治元年10月、陶晴賢が芸州厳島に押し渡ったのを、同月30日大風雨の夜、毛利元就は押し渡って、ついに
陶を討ち果たした。いわゆる厳島合戦である。

この合戦は大事の軍であったから、陶晴賢の元より、伊予の河野へ船を借りに遣いが出された。
同日に、毛利元就よりも河野に船を借りに来た。
この時、陶晴賢は何ということもなく船を借りた。
毛利元就は「一日の間貸され候へ。厳島に渡りてやがて戻すべし。」と云い送った。

河野家の重臣であった村上通康はこれを聞いて
「少しのことながら、思い入れが違う。毛利が必ず勝利するだろう。」
そう考え毛利家に船三百艘を貸した。はたして陶晴賢はその合戦に打ち負けて、中国地方は悉く元就に属した。

(士談)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    こういう細かな気遣いが大事なんだと
    分かる人にはわかるけれども
    分からない人には全然わからないんだなぁ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    晴賢「おう、金貸せや」
    元就「頼む、明日までには絶対返すから1日だけ金貸して!」

    ・・・あれ、どっちも返ってこないパターンだこれ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    「毛利がこんなこと言ってる」って陶側に伝わったら結構際どいことになりそうな気がするんだよね。そういう懸念はなかったのだろうか

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    そういえば元就は
    来島の援軍まだかよ!
    て泣き言言ってたよね

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