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大内義隆、周易に凝る・悪い話

2009年01月27日 00:07

790 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 18:47:58 ID:3AaH0gaU
文化人としても名高く、また男色を批判するザビエルを追い出した戦闘的男色家で、
毛利三兄弟のうち2人までノンケでもかまわず食っちまった事でも(一部で)有名な大内義隆。
彼は周易(儒教を基にした占い)にも、伝授を受けるほど熱心であった。

習えば実践してみたくなるもの。義隆は家中の者の本卦を見、その性を吟味し、
行儀(儒教的秩序)を満たすためだとして、
木性の者には東に屋敷を渡し、火性の者には南に家を建てさせ、
水性の者には北、金性の者には西に、それぞれ居住させ、
これを守らぬものは処罰する、と命じた。

さらに、木性の者が金性の子を持てば、その子を西の方に預け、
火性の者が水性の子を持てば、北の家に預けるようにさせた。

義隆の時代はこのように理不尽な事が多かったが、法の執行は厳しく、
家中のものは大変迷惑したと言う事だ。




791 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 19:13:14 ID:1RnauYZ0
>>790
ここまで行くとキチガイだな
そりゃあ謀反も起こされるわ
しかもその謀反人の陶も昔義隆が食ったというオチ…

792 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 20:05:50 ID:OefEApcD
氏康「陰陽五行って奴?迷信だろあんなの。」

793 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 20:12:04 ID:lVtEakn5
細川さん家の電波管領と比べると面白い

名門中の名門の出で、前半生は軍事行動に勤しみ勢力を拡大し、後半生には周囲が引くほど趣味にのめり込む
徐々に支持を失っていき最後は跡継ぎ抱き込んだ執政に謀殺され、擁立された跡継ぎはパッとせず・・・
とどめに内乱起きて名門一族が見る影もなく没落

ついでに二人とも男色大好きだな

794 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 20:24:19 ID:Ku22NSuX
>>793
宗麟もそんな感じかな。
英明な時期と暗愚な時期の繰り返しだけど。

795 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 20:34:07 ID:3AaH0gaU
三好長慶・織田信長<特別、趣味にのめりこんだつもりはないのに、死んだら内乱おきて
              一族没落した俺たちみたいなのもいるけどな!


800 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 21:06:53 ID:lVtEakn5
>>795
長慶様へ
 自業自得です -松永弾正

信長様へ
 目の前に美味しそうな餌があったので -明智日向
 息子は一応織田の血引いてますよ? -羽柴筑前
 ・・・コノウラミハサズデオクベキカ・・・ -松平某

802 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 21:21:49 ID:gkZ0yuLO
畠山義続・義綱「専制しようとしたら、家臣に追放されました」
畠山義慶「傀儡だったのに、家臣に謀殺されました」
畠山春王丸「なんで自分だけ疫病で……」

記録がもっと残っていれば、おそらく四天王に入れそうな家臣を抱えていた主君の愚痴。

804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 21:33:15 ID:Nbsh8rut
>>790
ザビエルの訪問は一回目は男色の罪に言及して失敗したけど、
二回目は身なりをきちんと整えてポルトガル土産献上したら
義隆が心証良くして布教を許したんだっけ。
一説によると一回目の山口訪問の後に向かった京で、
「日本人は非常に身なりを気にします」とアドバイスされたとか。

…まあ、日本人全てにそれが当てはまるかはともかく、
権威主義者の塊みたいな大内義隆には大いに有効だったと。

805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 21:38:06 ID:XrQwBG6d
アナリスト義隆

809 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/26(月) 22:33:27 ID:3VeDHFaB
>>791
その陶の兄上まで食ってる件

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 22:42:34 ID:2bwHtM4Y
>>800
信孝「報いを待てや、羽柴筑前…」

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 22:43:35 ID:Nbsh8rut
>>810
ちょw

812 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 22:47:04 ID:3W8pKsRB
陶が食われてたのは知ってたが、兄も食われてたのか…
まさに世も陶だな

813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 22:48:28 ID:3AaH0gaU
>>809
男色と言うと、信玄と春日弾正とか信長と利家とか家康と直政とか、その辺が
クローズアップされやすいけど、この辺は同時代的にはごく普通だよなあ。

大内義隆クラスまで行ってはじめて、アッーとか付けるべきw
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