ともかくも仰せには

2017年08月11日 17:29

139 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/11(金) 08:04:22.14 ID:NJal55J9
大坂御陣の時分、石川主殿頭(忠総)は大久保相州(忠隣)の子なので
閉門でおられ、冬陣に御供することを佐渡殿(本多正信)に願われたが

叶わず、駿河にて上野介殿(本多正純)を頼られたがこれも叶わなかった
ので「この上は御成敗を仰せ付けられようとも、ままよ!」と、大坂へ上り、

隙あらばと心掛けなさった。さて、伯楽ヶ淵(博労淵)で本多雲州(忠朝)
討死の時、主殿頭は比類なき働きをなした。

されども御所様(徳川家康)は、(無断での従軍について?)ともかくも
仰せにはならなかったという。

――『武功雑記』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    冬の陣の勃発前後に許されて、普通に従軍していたという話もあるのだけどどうなんだろう。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    家康は大久保長安事件からの大久保一党への締付けはかなりキツく当たっている
    無断参戦は戦功立てる前に厳罰下ってもおかしく無いし、参戦前に許可は出ているだろうね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    家康「メンドクサス」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    なんだかんだで親族だからな、石川。
    甘いんだよ。

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