こんな道の付け方が

2017年08月14日 16:44

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/13(日) 23:30:22.10 ID:xXH2oUX+
大阪の陣において、堀尾山城守(忠晴)の寄せ口の備えを、上杉景勝の家臣である杉原常陸介(水原親憲)が
見て

「堀尾の備えは後ろから崩れるだろう。裏崩れというやつだ。」

そう言ったが、果たしで後ろのほうが騒ぎ立てた。
これは、杉原が堀尾の備えにおいて、馬を近くに引き付けていたのを見て、もし馬に鉄砲が当たれば
馬は必ず跳ね合う事から、これで騒ぎが広がり裏崩れに成る、と見て摂ったのである。

その後、堀尾の持ち口を上杉景勝に渡して陣替えをするように、との将軍からの命があった。
この時、景勝方より軍使を以て、堀尾方に「道を作って陣地を渡すように」との申し入れがあった。
これによって堀尾方は道を作って陣地を明け渡したが、景勝の軍勢はこれを見て罵倒した

「上方衆は、弓矢の事に巧無き者達だ!こんな道の付け方があるものか!」

そう声高に言い放ったが、堀尾の衆にこれについて返答をするものは居なかった。
これは、堀尾の者たちは通常のように、往来しやすいよう道を作ったのであるが、
景勝方の人々にとってこの場合の道とは、敵の攻撃から身を守り、負傷者が出ないように
作られるもの、だったからである。

(士談)



42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/14(月) 01:04:03.19 ID:vlaYX3eR
家康も嘆いていたけど、たった15年戦がなかっただけで
その辺のノウハウはボロボロになるもんなんだなぁ…

44 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/08/14(月) 21:02:50.32 ID:TDVqvO2W
>>41
我ら上方の者に取って織田家に仕えし頃より道は攻め、武功を挙げるために造る物でござる。
謙信公の頃より武門の誉れ高き上杉家において道は敵やその矢弾より身を守り命を惜しむ為に造る物であったとは知りませなんだ。
此度は越後の軍法を学ぶ良い勉強になり申した。子々孫々までこの軍法の違いを伝え奉らん。


位言い返せる古参の兵は居らんかったのかね…
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    でも実際15年という月日は決して短くはないですよね
    現代の換算だと、産まれた子が高校生ですよ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    カイジ「勝つには、まず道だろっ……!」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    逸話では恰好良い感じだけど、実際には上杉・佐竹もボロボロだったけどね。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    見ようによっては自分所のルール持ち出していちゃもんつけてる様にも見えるな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    これって塹壕や胸壁で敵の矢玉を避けられる連絡路兼防衛線を作れという意味なのに、マジで一般道を作ったってこと?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    久々にワロタ
    城へ向けて塹壕を掘るときは直射されないように
    斜めジグザグに掘るのがセオリーなんだよな
    今の新参は戦のやり方を知らないから困る

  7. 人間七七四年 | URL | -

    堀尾兵「上杉軍の為に言われた通り道(こいつら腹立つから敵の攻めやすい死出の道作ったった)を開いておきました。」
    上杉兵「あっはい(こいつら戦知らねぇ)」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    前近代は本当にあっという間にノウハウが消えるんだなぁ…

  9. 人間七七四年 | URL | -

    全国から兵が集まった大戦と言っても、15年も戦をしてない者同士に国も軍規も違うもの同士が集まってるんだから、所詮は烏合の集。
    だからこんな意思疎通も出来ずに、夏の陣までは圧倒的な戦も出来なかったんじゃないんですかね?

  10. 人間七七四年 | URL | -

    現代でいう仕官以上は戦の習いは知ってるだろうが、
    戦場の多数は実働の下っ端たちであり、20代は戦経験皆無で、
    30代だって、関が原の1回だけとかで経験少ないだろうしねぇ。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※10殿
    私も世代交代の影響はあったと考えています。
    後、家によって陣地構築のノウハウの蓄積に差が有ると考えています。
    (賤ヶ岳の柴田陣営と秀吉陣営の砦の作り方に差が有ったように)

    そう言えば、真田丸でも大御所と佐渡さんが「仕寄せ(陣地構築)がなってない」と言って
    作業始めちゃったシーンありましたなw

  12. 人間七七四年 | URL | -

    しかし、後に丹波亀山城と間違えて(実は幕命でやらされた?)伊勢亀山城の破却事件をやらかした堀尾忠晴さんだから、この時もトボけた振りして上杉家が不利になる様にワザとやらかした可能性を考えたい

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    思うのは個人の自由だけど、流石にそれは無いと思うよ。
    只でさえ貴重な実戦経験のある上杉家に対して、この時点で自軍の混乱を招いて
    大阪方へ有利になるように動く理由が無い。
    もし嵌める積りなら秀忠が水原さんらを褒めたりしないでしょ。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    13
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5421.html?sp&sp

    こう言うエピソードが有る人だから私怨でしれっとそう言う行動を取ってもおかしくない気はする

  15. 人間七七四年 | URL | -

    15年というが、武士を見たこともない現代人に、戦いをあれこれ言われるって気の毒。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    戦国武将の逸話まとめサイトで何言い出だすかと思ったら…

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※15は風俗嬢に説教するタイプ

  18. 人間七七四年 | URL | -

    つまり貧困調査をするわけですね。

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