週間ブログ拍手ランキング【09/14~/20】

2017年09月20日 18:54

09/14~/20のブログ拍手ランキングです!


【ニュース】明智光秀が土橋重治に宛てた書状 17

最後の後南朝 14

【情報】 「中世宇都宮氏 頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族」 開催中 12
蒲生氏郷の勤務管理 9
不覚悟の品々 9

【雑談】信長が生きていたら次に追放されるのは 8
禄が重くなれば安堵致して、 8
人はただ、学ぶべきである 8

輝政公関ヶ原行軍順見の事 7
監物殿は柳の枝を土手に差し 7
荒木素白は書の名 6
左門殿は殊の外おどけた人で 6
その者を前に抱えて立ち退き 5



今週の1位はこちら!【ニュース】明智光秀が土橋重治に宛てた書状です!
まあこれについては、そもそも存在は知られていて、その「実物」が見つかったという話で、厳密な意味では「新発見」ではない、
というのも含めて、わりと世間の注目度から温度差がありますw
あとやっぱり、この史料は明智光秀が室町幕府再興のために本能寺の変を起こした、というよりもむしろ、光秀が本能寺の変を
起こしたことに、足利義昭や室町幕府の存在は何も関係がなかった、という事を補強する史料だと思うのですよ。
義昭とのつながりと言うにはあまりにも迂遠すぎますw
本能寺に関して、光秀と義昭の、直接の通信が発見されない限り、いわゆる「本能寺の謎」(これも言うほど謎なんてあるのかと
思いますがw)における、足利義昭関与説は、非常に信憑性が低いと言わざるをえないかなあ、と考えます。

2位はこちら!最後の後南朝です!
これは非常に興味深い、ロマンあふれるお話ですね。
室町幕府という政権の厄介さは、そもそも「南朝」を打倒して生まれたと言うのに、政権内の反主流派にとって「南朝」、
および南朝に連なる勢力が、主流派打倒の「奥の手」として使われ続けた事ですね。なにぜ初代将軍たる足利尊氏からして
そうなのですから、半ば政権の体質と言ってもいいくらいです。南朝勢力は逆説的ですが、北朝政権の軸である室町幕府によって
生かされた、と言っていいと思います。だから戦国時代に入って室町幕府の力が衰えると、軌を一にして「南朝勢力」も
その存在感をなくしていくのですね。
そんな南朝勢力の最末期の姿が、室町幕府の高級官僚出身で、かつ子孫が「北条」を名乗る、伊勢宗瑞の記録の中に
出てくるというのは、様々なドラマを感じさせてくれるお話だな、なんて思いました。これぞ歴史ロマン、ですね。

今週管理人が気になったお話はこちら!蒲生氏郷の勤務管理です!
蒲生氏郷というと、とにかく配下の士卒の働きに厳しかった人、という印象がありますが、ここまで事細かに勤務管理していた
とは、氏郷に仕えていた人は大変だっただろうなと、変な苦笑いしちゃいますねw勤務状況を見るため間者まで使っていたとは。
ただ氏郷の蒲生家は急成長した家であり、彼の主君である信長や秀吉の期待に答えるために、成長した分限以上の働きを
見せねばならなかったでしょうから、このくらい強烈な統制を行う事が必要であったのかな、などとも想像します。

急成長した家は、その家中統制のありかたに、それぞれの戦国武将、大名の個性が出てきますね。
その中でも氏郷は相当個性的だったと、後の世にも印象が残っていた、ということの解る逸話だなと思いました。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話を見つけたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね。
ヾ( ´ ▽ ` )ノ
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