此の度の戦いにうたれし三河武者、末が末までも

2017年09月20日 18:56

120 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 13:56:29.58 ID:OF8oWH05
幕末、坂下門外の変で老中の安藤信正が襲撃された際、
背中に刀傷を受け武士として恥ずかしい行為と罷免されたけど、

部下を身代わりにしたうえ、ウンコ漏らして逃走した権現様の前で
それ言えんのかと思う

121 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 15:01:59.92 ID:ITKlOKd1
馬場美濃が「首が我々武田に向かっていた死体はすべてうつ伏せ
浜松に向かっていた死体はすべて仰向けでした」
と家康の家臣が家康を逃がすために懸命に戦ったことを
讃えた逸話が有名なのにそんなツッコミ入れても

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 16:31:59.01 ID:2vMxxcGJ
そもそも脱糞は捏造だし

123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 17:16:14.53 ID:EHDp9M22
>>120
ただのマウンティングだから
気の弱そうな奴とか自分が気に食わない奴にしか言わない

124 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 18:25:47.93 ID:+sb4bRcX
江戸末期と戦国時代じゃ価値観が違いすぎる

125 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 18:41:21.22 ID:VB9ybVN6
背中の傷は恥って背後から襲われたらアウトじゃんww

126 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 18:51:23.18 ID:ln2oHHsQ
>>125
そう
前後から挟み撃ちにされてるってことだから生き延びてるわけがない、てこと

127 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 19:01:10.23 ID:jyl/7Fs3
理屈じゃないんだよなぁそういうのって

128 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 19:42:32.81 ID:im4tbZsM
つうか、安藤の話は政敵を追い落とすためのこじつけだし。
安藤は不意打ちで怪我したけど、襲ってきた敵を殲滅して、怪我の痛みに耐えて公務を行った。
これで士道不覚悟とか、ありえないだろ。

129 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/18(月) 19:47:07.84 ID:j0qCClEO
戊辰の頃になるとそういう実戦とは無関係の机上の観念論は力を失ったけど、
それまでは妄想しまくった童貞のようにわけわからんこと言っていたからなぁ…

137 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/20(水) 01:03:22.99 ID:um2u10wi
>>121
の話がまとめサイト見たらまだ出てなかったようなので「徳川実紀」元亀三年の箇所より抜粋
(家康の伝記の多くに取り上げられてるから有名だけど)
十二月二十二日三方が原の戦い御味方利を失い、御家の軍勢名のある者どもあまた討たれぬ。
入道(信玄)勝ちにのり諸手をはげましておそい奉れば、夏目次郎左衛門吉信が討死するそのひまに
かろうじて浜松に帰りいらせたまう。
(夏目が永禄時代に一向宗門徒に与していたが救われたため)この日御恩に報いんとて○○(家康への欠字)
君敵中に引き返したまうを見て、手に持ちたる槍の柄をもて御馬の尻を叩き立て、御馬を浜松の方へおしむけ、
その身は敵中に向かい討ち死にせしとぞ。
その時敵ははや城近く押し寄せ立てれば早く門を閉めて防がんと上下ひしめきしに
○○君きこしめし必ず城門を閉めることあるべからず。後より追々帰る兵ども城に入るたよりを失うべし。
また敵大軍なりとも我籠もる所の城へおしいる事かなうべからずとて、門の内外に大篝火を設けしめ、
その後奥へわたらせたまい御湯漬けを三椀までめしあがられ、やがて御枕をめして御寝ありしが
御高鼾の声、殿外まで聞こえしとぞ。近く侍う男も女も感驚しぬ。
敵も城の体いぶかしくやおもいけん。猶予するところに鳥居、植村、天野、渡辺等の御家人突いていで追い払う。
その夜大久保七郎右衛門忠世等は間道より敵の陣所へしのびより穴山梅雪が陣に鉄砲撃ちかけしかば、
その手の人馬が機?に陥り踏み殺さるるものすくなからず。
入道(信玄)もこの体を見て大いに驚き、勝ちてもおそるるべきは浜松の敵なりと驚嘆せしとぞ。
また武田が家の侍大将馬場美濃守信房というもの入道に向かいて
「あわれ日の本に越後の上杉入道と○○徳川殿ほどの弓取りいまだ侍らじ。
此の度の戦いにうたれし三河武者、末が末までも戦わざるは一人もなかるべし。
その屍こなたにむかいたるはうつぶし、浜松の方にふしたるはのけざまなり。
一年駿河を襲いたまいし時、遠江の国をまったく○○徳川殿にまいらせ、御ちなみをむすばれて先手をたのみ
たまいなば、このごろは中国九国までも手に立つひとなく、やがて六十余州も大方事行きて候わんものを」
といいけるとぞ。勝戦してだにかくおもいし程なれば、入道つづきて城を囲まんとせざりしもことわりなるべし。


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    脱糞がマウンティングってどういうこと?

  2. >>1 | URL | VspapTIQ

    背中を斬られる弱みを見せた安藤信正に周りのやつが武士として恥云々したというのが、この122がいうマウンティングであって

  3. 人間七七四年 | URL | -

    「直虎」で阿倍家康が、酒井に「何か臭います。もしや」と言われ、「あれは味噌じゃ。」って言ってたな。来週は無銭飲食した権現様が、茶屋のお婆さんに追いかけられるかな。

  4.   | URL | -

    調べたら安藤信正の先祖も三方ヶ原の戦いで討ち死にしてた

  5. 人間七七四年 | URL | j7kPgX2Q

    いちゃもんにしても無から有を作るのは容易じゃないし、
    後ろ傷は武士の恥って通念が江戸時代に醸成されて、それを安藤失脚に利用したんやろな
    まあ戦もなく刀も飾り重視になってった時代やししゃーない

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >>背中に刀傷は恥
    ホントに無茶すぎる論調だよね。「ばかめ、それは残像だ」は現実では起きないのにね。
    だいたいこう言う無茶言う人達が実際に同じ目に合った時、大抵同じ失敗かそれ以上の失敗
    をするもんだよ。

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