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フランチェスコ・カルレッティ「世界周遊記」の一部

2017年11月29日 23:01

351 名前:世界周遊記1/3[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 14:19:52.11 ID:8aW+PcUz
フランチェスコ・カルレッティ「世界周遊記」の一部

1597年5月、我々は日本のソマ船に乗って日本を目指した。
(船の説明が続く、錨が木製などの記述あり)
フィリピンから1000マイル航海し、日本の島に入港した。
長崎に到着したのは1597年6月のことであった。
入港後、役人がやってきて王の命令ですべてのフィリピン製の陶器をその場で買うと伝えられた。
信じられないかもしれないが本当だ。
それらの陶器は5000か6000から10,000スクードもしたが、それらは1ジュリオの価値もないものであった。
(なお1615年にフィレンチェでスペイン人のルイス・ソテロ宣教師が語ったことによれば、
ある陶器が130,000スクードもしたという)
それらの陶器は茶を10年にも20年にも渡って新鮮に、緑色に保つためそれほどの値段がつけられたのだろう。
人々は茶を日々飲むがそれは味というよりも薬として飲んでいる。
茶を濃くすれば胃腸に効き、消化を促進する。興奮も抑えられるので食後に飲むといい、夕食後飲むとよく眠れる。
客を歓待するときにも茶を勧めるが、それはちょうどフランダースやドイツでワインを接待に用いるのと同じだ。
日本ではワインは米から造られ、造る際には、むされてから灰が入れられる。その後水が混ぜられ発酵する。
それから濾過すれば口当たりのよい酒ができる。
また、香料を入れる特別な酒もあり、これは秘密を漏らさない金持ちにのみ振る舞われる。

352 名前:世界周遊記2/3[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 14:21:13.73 ID:8aW+PcUz
我々が長崎を歩いていると、劇的な光景がとびこんできた。
6人の哀れな聖フランシスコ修道僧と20人の日本人キリスト教信者(3人はイエズス会員)が1597年2月5日に磔刑に処せられたものであった。
彼らは十字架にそのまま残されていた。十字架は我々の主がつけられたものと似ていた。

磔刑について:釘の代わりに鉄輪が木に打ち込まれ、手首、首、足首が固定される。
役人により槍が右側から刺され、心臓を貫き左の肩から突き出される。
しばしば二人の執行者が行うため、槍は身体の中で交差し、犠牲者は即座に死ぬ。
それでも死ななければ喉や心臓に刺してとどめを刺す、こうして磔刑にかけられた者は非常に早く死ぬ。
これが通常の日本における磔刑であるが、罪に応じて十字架の上で生きながらえさせ
苦しみや飢えのもとで殺す場合もある。
母乳で育てている女性や子どもでさえも十字架にかけられることがある。
これは正義をなすため、個人の犯罪に家族も連座するためである。
放火などでは近隣住民も一緒に処罰される場合がある。

353 名前:世界周遊記3/3[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 14:23:13.75 ID:8aW+PcUz
私が滞在していた時、非常に軽い犯罪のために多くの人が十字架にかけられた。
例えば、大根を盗むなどの死に値しないような軽い罪である。
人の命はハエの命ほどの価値もなく、すべての道で左右に男女、少年、少女のぶらさがる十字架が見えた。
また、彼らは頭のない死体を使って、cataneと彼らが呼ぶサーベルをテストする。
特に苦もなく骨ごと死体を両断できた時には賞賛される。
そして刀に高い値段がつく。
このような試し斬りをするために、剣の所有者は誰かが処刑されるところに出向き、
処刑執行人が首を切断すると、彼らは死体をつかみ、裸にし、十分な広さのところに横たえる。
体がななめにずれないように杭で固定し、刀を鞘から抜き死体を真っ二つにする。
ただしうまく両断できるのは稀なケースである。
その後、刀は刃こぼれがないか検査され、結果に応じて刀は非難されたり賞賛されたりする。
しばしば刀は20,000から30,000スクードの値段が付けられる。
その後、死体は他の人々によって試し切りをされたあげく全身が解体され、犬や鳥の餌となる。
これは我々の眼にはおそるべき残虐な行為であるが、人々はそれを娯楽とみなし、嫌悪感や興奮を感じることはない。



354 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 15:13:08.27 ID:AnDw7w58
興奮も感じないとは興味深いな

355 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 15:15:42.24 ID:2mHtLpqa
ヒャッハーすぎるわ。

356 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 15:33:30.02 ID:a2a+/ntH
>>349
華の慶次に出てきそうな描写だw

>>353
修羅の国すぎるw

357 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/11/29(水) 15:38:11.14 ID:WjRnPd3H
>>353
当時の酒飲んでみたい。アルコール度数は低いと聞くけど、どんな味やら
>>356
でも、射抜かれたの味方なんだぜ…

358 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 17:46:41.45 ID:O2V6oJYG
スクード金貨3枚くらいが一家4人のひと月の生活費だっけ?
雑器として使われていた坪が一生で使いきれないような金にばけるのか

359 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/29(水) 17:57:43.93 ID:3OyeMpp8
修羅スギィ
しかし娯楽とみなしてるわりには興奮もしないのか

360 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/11/29(水) 18:24:46.18 ID:WjRnPd3H
>>359
そら戦国乱世でそこいらの、農夫ですら人1人殺傷経験が有ってもおかしくない時代だからなぁ
女だって戦の後は生首の化粧やってた時代だし

361 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/02(土) 17:56:35.21 ID:JaAPim4b
魔女狩り異端諮問十字軍と異教徒を人間扱いしなかったお前らがゆーなっての

362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/02(土) 18:06:24.35 ID:iKIyFP4P
「お前ら」の範囲広すぎィ!

363 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/02(土) 18:15:07.13 ID:Xs4NEy7t
戦国時代は窃盗等に関しては超厳罰主義だったから仕方がない
まぁ奴隷商人風情に四の五の言われたくない気持ちは分からんでもないが
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>茶を濃くすれば胃腸に効き、消化を促進する。興奮も抑えられるので食後に飲むといい、
    >>夕食後飲むとよく眠れる。
    お茶の中にもカフェイン含まれてるし、特に抹茶はコーヒーと変わらないくらい入ってる
    とも言われてるのに。当時と今のお茶ってそんなにも違いあるのかな?それとも麦茶か?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    1
    >それらの陶器は茶を10年にも20年にも渡って新鮮に、緑色に保つためそれほどの値段がつけられたのだろう。


    麦茶ではないだろう。
    茶にはカテキンも入ってるから、水道水を飲む現代より遥かに感染率の高いピロリ菌によく効いたのかもね
    あと、カフェインは1日250mg以上取ると睡眠に影響が出ると言う研究があるそうで、今のペットボトルの緑茶500mlでカフェイン含有量50〜60mgらしいから
    当時の茶碗一杯のお抹茶程度ならそんなに眠りには影響無かったんじゃないですかね?
    幕末に唄われた上喜撰は4杯飲むと眠れなくなったそうですが

  3. 人間七七四年 | URL | -

    tp://www.ocha.tv/history/japanese_tea_history/

    戦国期は庶民に手に入ったお茶は低級な茶色い茶葉で、麦茶は麦湯として平安期から存在し、貴族や戦国武将も飲んでたのね。
    麦茶と呼ばれる様になったのは昭和30~40年代らしい。

  4. 名無し | URL | -

    他の宣教師とか商人も書いてるけどやっぱり盗みはちょっとしたものでも殺される大罪なんだな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    茶って濃くするとカフェインの作用でむしろ興奮しない?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >放火などでは近隣住民も一緒に処罰される場合がある。

    え”っ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    十字軍とかこの当時でさえ既に300年以上前の話なんだが

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