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池田利隆、生母との逢瀬

2017年12月07日 18:58

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/06(水) 19:44:01.42 ID:wehhV3dI
池田利隆、生母との逢瀬


池田輝政の正室絲姫(中川清秀の娘)は、天正12年に利隆を出産し
その後病気になり実家の中川家に帰ったとされる。
『池田家履歴略記』では、絲姫は利隆の出産後に出血が収まらず
物狂いのようになってしまい、遂に治らなかったという。
真偽はともかく、輝政が督姫を継室に迎えた後も池田家と中川家には交際があり
関ヶ原前には絲姫の弟・秀成が輝政の仲介によって家康に忠誠を誓ったりするなど
池田家側からの一方的な離縁でなかったことだけは確かである。

『中川氏御年譜』でも、慶長13年に
中川家の大坂屋敷に住んでいた性寿院様(清秀の正室で絲姫の母)が
岐阜様(絲姫。輝政と共に岐阜城に住んでいたことがあった為そう呼ばれた)と
小長様(秀成の兄秀政の娘)と一緒に中川家の領地の岡へ向かう前に
"松平武蔵守利隆様"が三人の送別の為に饗応をしたとの記録が残っている。

利隆は絲姫のことを引き取りたいと、中川家の家老にまで書き送ったものの
大阪の陣前後の騒がしい時期であったため、遂に叶うことのないまま
絲姫は元和元年岡城において五十歳で亡くなり、西光寺に葬られた。



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これはタイトルが悪過ぎる。
    逢瀬じゃどう見ても内容と合わない

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    激しく同意

    タイトルみたとき、オイディプス的な近親相姦ネタかと思ったわ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    こういう話は今も昔もグッとくるものがありますな。
    逢瀬とは違うけどw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    産後にホルモンバランスが崩れて統合失調症みたいになる人いるからな。
    親孝行したかったんだろうが、引き取られなくて母上様は善かったと思う。
    タイトルは再会がいいかな。

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