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御このミ候て可被下候

2017年12月18日 17:38

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/17(日) 15:39:43.58 ID:+fdPV11u
慶長の役の時、日本軍が南原城を攻略した際、釜山にいた立花宗茂
毛利高政に戦勝の祝状を送ったのだが、その返書で高政から鉄砲の手配を頼まれた。
それに対して宗茂が送った書状が次のものである

於南原之御感状之御祝言申入候処、御懇報上戦状を承乃候、数度之御手柄弥以被聞召届、
近々御朱印可為御頂戴候、御大慶、御祝言重々可申承候、目出度存候、仍鉄砲之儀、
ゑなミや(堺の榎並屋か)所可被仰付之由、承乃候、一つ書候て申入候、
一 四文目丸 長さ其外様子は貴殿様御このミニまかセ申候、 壱ちやう
一 三文目丸 右同前 一ちやう
一 又壱ちやう、これハいかやうにも、貴殿様御分別ニて、御このミ候て可被下候、
何もやをミ流仕度存じ候、よくよくねんを入、あたりを専ニ仕度候、
何も明日京へのほセ候者を、それへ可進之候間、能々被仰付可給候、恐惶謹言、
十一月朔日(慶長二年)                                   立花親成
(佐伯 毛利高政文書)

この頃は好みに応じた鉄砲が作れるんだね



512 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/17(日) 23:28:33.62 ID:xUCTczY0
>>511
清正も朝鮮出兵中に細々とスペックを指定して発注してたから
鉄砲鍛冶は注文に応じて作ってたんでしょうね。

513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/18(月) 00:05:22.26 ID:Ni8MtvjF
朝鮮陣では短い鉄砲のが便利だったっつー話だろ

514 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/18(月) 12:22:04.46 ID:bqkgk5UT
発注受けて作ってたら数揃えられないだろ

515 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/18(月) 15:59:42.93 ID:Ii/PF++M
数打ちと特注はまた別やろ

516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/18(月) 18:40:29.28 ID:ks1azkFx
毛利高政は津田監物を流祖とする津田流の砲術を学び
後に自ら伊勢守流を創始している鉄砲の名手で
閻魔王という大鉄砲を好んで使ってたようなんだけど、
小さめの鉄砲を特注で手配してもらってるのが興味深い

517 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/18(月) 19:03:22.99 ID:5mdMzvkZ
高政所用の閻魔王は佐伯市歴史資料館に所蔵されてるね

毛利高政所用大鉄砲 閻魔王
SnapCrab_No-0303.jpg
http://saiki-rekishi.com/main_exhibit
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    鉄砲も色々種類有った筈よね。足軽用と士分が持つ奴は違うし、守城側が攻城する兵を狭間から狙撃し易い様に砲身が長い銃や大きな弾撃てる鉄砲も有ったかと。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    こういうのは普通自分の家で手配するものだと思うが、
    宗茂はずいぶん親切というか丁寧な対応してくれるんだな

  3. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    もしかしたら伝がなかったのかもしれないし

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >高政所用の閻魔王は

    一瞬、秀吉に「『高政所』って奥さんや血縁者いたっけか」と思ったのは……
    おれだけか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    日本刀の銘も大概だけど、銃に対するネーミングもなかなか…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    日本刀の銘は某刀剣ゲームでいろいろ知ることは出来たけど
    鉄砲の銘は、立花さん家にある「墨縄」ぐらいしか知らないなあ。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    狭間筒のことか?基本的には閻魔王より小さいぞ
    それにしても毛利家の銃は肩にストックを当てるためか一直線の美しいフォルムしてるな
    調べてみたら大阪の役で使われた堺の銃がこんな感じだったらしいが

  8. ※1 | URL | -

    ※7
    確かに狭間筒(2m位)<閻魔王(2.8m位)ですね。
    でも狭間筒より少し短い位の西洋のマスケットでも重いから支える銃架だから長いのも大変かと。

  9. ※1 | URL | -

    寝惚けて書いた所為で一部変な文に…
    狭間筒より少し短い銃でも支える為に銃架必要になりますし、守城用なので狭間使って支えれば良いのですが、弾火薬の装填は長い銃身の先込式銃は大変かと。
    毛利家の銃は肩当て考慮されていたんですね。日本の銃は抱えて撃つタイプが特徴て聞いてましたから、それな興味深いですね。

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