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秀吉の甥としての覚悟

2018年01月11日 19:00

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/11(木) 17:36:09.44 ID:cYyfG16o
秀吉の甥としての覚悟


一今日から秀吉の甥としての覚悟をするように。人に慮外の沙汰を下して
 甥としての振る舞いが出来ずとも、みな秀吉の甥と思って崇めようとするのだ
 という覚悟を持つこと。

一これ以後は秀吉がこのようなことはあってはならないと思ったり、不都合だと
 思うことがあっても、(秀次が)この一書を思い出し書き付けて心を改めて
 人にも立派な人と呼ばれるのなら、右のほかに進退のことを取り上げません。

一今年木下助左衛門、同勘解由を(秀次に)つけたところ、両人が討死したのは
 不憫なことでした。両人の者を殺してしまったことに対して(秀吉の)戸惑いを
 考えてくれてもよいのに、一柳市助に津田監物とやらを欲しいと申させましたが
 仮に秀吉がどの者を預けたとしても、今度預けた者も一人も残らず討死させ
 (秀次が)生き残ってしまえば、外聞が悪くなることも分からないのですか。
 申させた者はもちろん、取り次いだ者も無分別の大たわけと思い、市助めを
 手打にしたいとも思ったくらいですが、今まで腹の中に折り込んで遠慮を
 していたので言葉にはしませんでした。
 よくよく分別をして、諸事に嗜み、流石秀吉の甥と呼ばれるようになれば
 何よりの満足であるので、右の一書を心がけて下さい。

一覚悟を改めればどの国でも預けるつもりですが、只今の如く無分別のうつけ者では
 命を助けてやりたいと思っても、秀吉の甥の沙汰で、秀吉が面目を失うことは
 あってはならないのですから、手討にするしかありません。
 人を斬ることは秀吉は嫌いですが、その方を他国に移すのは恥の恥になる
 だけですから、人手には懸けられないことです。

一胸中は誰にもいわなかったのですが、秀吉の代理も出来るだろうと思っていた
 御次(秀勝、秀吉養子、実信長四男)が病身なので、天道が秀吉の名字を残さない
 ようにしているのだろうか、是非に及ばずと悟ったように振る舞っていましたが
 その方が器用に物を申し付け武者を致していると見えるようになり、このように
 覚悟を持たれるのなら、悔やみもありません。
 
右の五箇条の通り、これ以後分別をもって慎むことがなければ、八幡大菩薩に誓って
人手には懸けさせません。委細は善浄房(宮部継潤)、蜂須賀彦右衛門尉(正勝)の
両人にも申し含めておきました。せがれでもあるので、その心得を持つように、以上

(天正十二年)九月廿三日                秀吉(花押)


――『松雲公採集遺編類纂』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    甥甥甥…死ぬわアイツ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    昨今、秀次を見直す動きの出ている中でも
    「只今の如く無分別のうつけ者」や「他国に移すのは恥」とかいう天下人の評価を改めてつきつけられると
    ぐうの音もでない 特にこの頃、まだラスボスシャッキリしてた頃でしょ?
    秀次が殊勝になったのも小牧長久手の敗走以降が著しいとはいうものの

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    後の方で「お前が成長して跡を継いでくれたらめっちゃ嬉しい」みたいなこと言ってるけど
    これって天下人の部下に対する評価というより一家の希望の星に対する教育的指導じゃね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも小牧時は本格的な大将としては初陣と言って良い立場だったろうし、武将としても
    それ程経験を積んでいる様子は無いのだから、ちょっと期待をかけ過ぎている面がある
    最初から何でも上手く行くわけがない

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ちゃんと読めば判るけどこの書状は長久手の敗戦自体を責めてる訳じゃない。
    秀次の態度が悪いと言って怒ってる訳だ。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    独眼竜政宗でやってたアレか

  7. 人間七七四年 | URL | -

    前にも書かれてたような気もする

  8. 人間七七四年 | URL | -

    部下を戦死させたのでかわりの部下ちょうだいといって激怒されたからね。
    その後も秀次の無理攻めで小田原の時一柳とか戦死させてるからなw
    信長が信雄に激怒したときも部下を戦死させて自分はおめおめと生き残った事を批判されているから、
    織田家の家風なんじゃないかな?

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    全部見方の問題だね。改めて部下の派遣も損害からすれば当然であるし、そもそも大将どころか武将
    としての経験も少ない以上、多少の礼節・矜持を欠いても仕方がない。諌めておかない家臣達も悪い。
    山中城攻めも小田原城の攻略上重要な城である以上、早期に攻略しておかなければならないのも明白。
    7万の軍勢で3・4千の軍勢相手に無理も何もない。むしろ、北条側の武将達の活躍も素晴らしい。
    信雄の時と秀次の時とでは状況が全く違うのと、無残に大敗した挙句に軍も整えないで逃亡すれば、
    どこの家だってそれ位は怒られるし、場合に依っては切腹もの。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    礼節・矜持を欠いていたら
    叔父から怒られるのも仕方ないよね

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