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小田原城中に入りたいのです

2018年01月11日 19:01

578 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/11(木) 17:19:16.21 ID:b5taQZdQ
小田原の役でのこと。
徳川家康重臣・榊原康政の家臣である伊藤顔助は、大磯の切通の近辺に出て、小田原城に
出入りしようとするものを防いでいたが、下総国住人・山岸主税介という者、籠城に
参加しようと出てきたのを、伊藤が発見し追い詰め戦っていた所、味方の武士も続いて、
遂に生け捕った。

山岸は家康の意向の元、豊臣秀吉の元に遣わされた。
秀吉は彼から詳しく関東のことなどを尋ねると、そのまま家康に返還された。

家康は山岸に言った
「お前の命を助ける。今後我らの味方に属すように。」
しかし山岸は、伊藤顔助を通してこう申し上げた

「大変な御恩だと思います。しかし私は、やはり小田原城中に入りたいのです。」

この望みを聞いて家康は
「今、一人が新たに入城したとして、何ほどの事もない。」
そう言って、山岸が小田原城に入ることを許した。

しかし家康の陣所を出た山岸が小田原城に入ると、城中の者達は彼が体の数カ所に
傷を被っているのを不審とし、敵に誑かされたのではないかと、彼を牢に入れた。

北条氏直が降伏し、小田原城が開城すると、榊原康政が城を請け取り、掟を出して
混乱を防いだ。この時、牢の中に山岸主税介が居ることを知り、彼を獄より出すと、
自らの配下として二百石を与えた。

山岸が小田原城に入った事は、高い志有る話として評判となり、後に三河黄門(結城)秀康が
彼を千石の録を以って招いたが、山岸はこれを受けなかった。
彼は二度にわたる恩に感じ、一生小知のまま、榊原家にて全うしたという。

(士談)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    山岸「めんどくさいのは嫌です。実直な氏直様と共に死すのみ」
    家康「うむ、見上げた忠義あっぱれなり」
    氏直「わしの器が足りぬばかりに…」
    氏政「汁かけ飯うめぇw」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    そりゃ1000石に比べたら少ないけど200石を小知とかよう書けるな
    幕府旗本でも真ん中より上だし榊原家みたいな10万石の大名で200石ってスゲェ評価なのに

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    素行は津軽4万7千石から1万石でのオファー(!?)を貰っといて袖にした男だからな
    そんじょそこらの天狗とはレベルの違う調子乗りよ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    現代換算では200石って年収いくらぐらい?
    江戸期の町方同心よりは高そうだけど

  5. 人間七七四年 | URL | -

    石高の大小の感じ方なんて現代人が測れるものじゃないでしょ?
    人に因っては少ないだろうし十分と感じる人も居る。
    江戸時代とは言え、武具の手入れや家人も居るし、場合のよっては役職も付くし。

    ※4さん
    時代や資料や各大名家、当然ながら当人の役職や家族構成によって微妙に違うので、
    大体100石前後で600万円前後だから、200石で大体800万円前後だと思う。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    年収800万を薄給と言うのも勝手次第というわけか

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5殿
    教えてくれてありがとう。自分も調べたけど、
    家人への給金なんかもそこから出すみたいだけど、半分それに使ったとしても手取りとして400万くらいになるみたいですね。
    200石でも現代の貨幣価値で考えたらそれなりに良い生活出来そうですなぁ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※5殿
    教えてくれてありがとう。自分も調べたけど、
    家人への給金なんかもそこから出すみたいだけど、半分それに使ったとしても手取りとして400万くらいになるみたいですね。
    200石でも現代の貨幣価値で考えたらそれなりに良い生活出来そうですなぁ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    平和な時代の武士の暮らしの200石と、戦国時代バリバリ武士の200石が同列で語れるかは
    ちょっと疑問ではありますが、やっぱり江戸時代の武士の印象=貧乏暮らしってイメージは
    ドラマの影響かな?

  10. 人間七七四年 | URL | -

    11
    町方同心が30俵2人ぶちで計算したら10.5石位になって、現代のお金に換算すると年間100万円前後だとか
    町方同心ならそれ以外にも町民やらから付け届け的収入が有って割と良かったみたいだけど、どの辺りの武士を想像するかですね。

  11. 人間七七四年 | URL | SD0k4o5Y

    ※9
    江戸時代の徳政令と幕末のイメージ=貧乏

  12. 人間七七四年 | URL | -

    地方の武士と江戸住まいとで同じ石高でも暮らし向きが随分と違ったみたいですね
    例えば高杉晋作なんかは200石の跡取り息子ですが、吉田松陰が伝馬町に在牢中は現在の価値にして数千万円のお金を松蔭の牢生活向上に使ったと聞きます。その後萩に戻って特に高杉家が困窮したという話は聞きませんしね。桂小五郎も色々あって併せて200石程の家禄を持っていましたがお金は使い放題で活動初期長州内での桂人気にその豊富な資金量が貢献したようです
    幕府旗本はよほどの大身旗本でもない限り生活費に困窮してたようですし、現代でもそうですが都市生活者か否かで出費は大きく変わるでしょうね。江戸時代だと遠くから消費生活品を持ち込むのに船便が精一杯ですから更に輸送費が掛かっていたでしょう

  13. 人間七七四年 | URL | -

    町方同心なら住居支給だから現在なら住宅手当に年数十万円が加算支給されているとかかな

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