次左衛門こそが

2018年01月31日 21:46

607 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 21:15:51.95 ID:7P22KCkA
野木の次左衛門という者、元は美濃斎藤家の侍であり、芋がら畠の鑓合いの時、澤の喜蔵
一番に鑓を合わせたという事があったが、この時喜蔵は

「一番は次左衛門である。私ではない。」

そう言って否定した。そのため次左衛門を呼び出し、この軍功の詮議が行われたが、
次左衛門の方は

「一番は紛れもなく喜蔵である」

という。ここで澤の喜蔵は申し上げた
「確かに、鑓は私のほうが早く仕りました。しかしそれは、次左衛門が母衣を締め直していたのを見て、
私が先に乗り込んだのです。ですので実際は、次左衛門こそが一番なのです。」

喜蔵の答えを、人々はみな美談であると讃えた。

(士談)



608 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/01(木) 11:43:34.46 ID:GfisAjrZ
めんどくせえなあ
じゃあ俺が!って言ったら睨むのやめてくれないか
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    信長「不愉快である」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    梶原景季「つまり宇治川では私こそ一番乗りなのだ」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    徳川家中だと喧嘩になりそうw

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