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北條五代記より、信長、秀吉について

2018年02月01日 17:24

523 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/01(木) 11:20:39.69 ID:I+NaHYvb
ある老人が言った、「信長と秀吉の弓矢の取り様は、全く別物である」と。
それはどういうことかと問うと、こう答えた

信長は永禄年中に京都へ攻め上がり、その勢力を広げ、山城、摂津、和泉、河内、越前、若狭、丹後、
但馬、播磨を手に入れられ、美濃、尾張、三河の遠近を合わせれば、15ヶ国を治めた。
ではあったが、大阪の一向宗は、坊主の一人も信長の旗下につかず敵となり、それに地下の旦那共
一味して籠城した。これらは一を以って千に当たる血気の者共であった。それに対し信長は、
強引に攻めれば味方に多くの損害が出ると考えたのであろう、5年間打ち置き後に、和平があって
城を開き退いた。

甲州で武田信玄が逆威を振るっている間も、返ってなだめ和睦し、勝頼の時代に馬を出すと、
武田家は聞き落ちに敗北し、滅びた。
人々は、この勢いで信長は関八州まで望むだろうと思ったものであったが、当時関東にあって
北条氏直は大国を守護しており、また西国も未だ治まっていなかったため、甲州より帰洛した。

このような例から考えるに、織田信長という人は、一般には武勇に長け苛立ちやすく、短慮未練であると
言われているが、そうではなく、智謀武略の大将であると評価すべきであろう。

一方で秀吉は、一身の武勇に秀で、運に任せて弓矢を取り、勝ちに乗じて驕りを旨とした。

例えば北条氏直は秀吉に臣従し、使者を登らせその上来春の上洛を決定しその支度もしていた所に、
遅参であると事を左右にして関東へ出馬した。
名大将というのは戦わずして勝つことを本意とするものだが、秀吉は弓矢の手柄を以って国を治めるのを
専らとした。その上、秀吉の奥州下向は何ゆえであろうか?

小田原攻めの間に、伊達政宗を始め、奥州の諸侯はことごとく馳せ参じ、手をついて臣従していた。
その上、諸軍は小田原百余ヶ日の長陣に草臥れ気も疲れ果てていたが、そういった所に思いの外の
計策の扱いあって、小田原城は落城した。

惣軍、早く帰国したいと希望していた所に、諸勢の労苦も考えず驕るに任せて敵も居ない奥州に下り、
田畑の検地をさせ黒川から帰洛した。
これは偏に、秀吉の弓矢の勢いを、百姓らに知らせるだけのための物であった。

(略)

その上、天下を争い戦いを為すと言うが、その身のために軍を起こすのは、一旦の利があると雖も、
その治世は久しくならず、果の滅亡の兆しが既に生まれている。
国のため、万民のために弓矢を取れば、神明の加護があって、身の幸いが生まれる。
上より下を撫育すれば、下は上に対し父母の思いを成す。
天下を治めて後、干戈を箱に納め弓を袋に入れ、秩序を専らとし民を豊かにするのが、君子の道である。

然るに秀吉、高麗国への出陣は、唐の使いが遅参した事が無礼であると言葉巧みに宣伝し、
戦争を望んだ故のものであった。これに動員されたのは五十万騎だという。そしてこれに対する
兵糧米の運送を行ったのは、日本国の民百姓である。その嘆き、悲しみ、その費え、計ることも出来ない。
その上に、敵味方の死者は幾万幾千と数えることも出来ないほどだ。これは秀吉が、驕りを旨とし、一身の
誉れを願うが故の事である。このような彼の科から、目をそらしてはならない。

(北條五代記)



524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/01(木) 11:41:24.60 ID:GfisAjrZ
ラスボス絶賛されてんなーと思ったら五代記かよ

525 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/01(木) 12:22:40.18 ID:90CjWerw
絶賛?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | j7kPgX2Q

    なんか来春上洛するって決定事項みたいに言ってるけど、12月に上洛するって約束はどうなったんですかね……?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    こんなヤツに負けて悔しいィィィ!豊臣滅亡しろ!
    っていう思いが滲み出ている文章だな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    北條五代記成立時点で豊臣家はもう滅んでるぞ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    書いてるのが太閤を貶めて幕府に誉められたい徳川の手下だもん
    何の価値もない

  5. 人間七七四年 | URL | -

    100%鵜呑みにするか全く受け付けないかでしか資料読めないならそら何の価値もないだろうな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    ある老人が言った事だから…(震え声)

  7. 人間七七四年 | URL | -

    貶したいってだけならもっと理不尽な言い掛かりつけられそうなのに、意外と妥当な批判に思える
    「書いた人が○○だから」受け付けないっていうのは、要するに反駁できないってことだろうね

  8. 人間七七四年 | URL | -

    「書いた人が○○だから」だけでなく内容も偏見に満ちてるからだろ。反駁できないからとかマウント取ろうとしなくていいから。
    そもそも言いがかりでもないし戦で民百姓の嘆きがーとか他のにも言えるしなぁ。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    「内容も偏見に満ちてる」のに「言いがかりでもない」のか?どっちなんだよ。偏見から出てたら言い掛かりだし、言い掛かりじゃないまともな言い分が偏見に満ちたのから出たら変だろ
    戦の話も「他の」もやってるようなやつじゃなくて「不要かつ規模の大きい戦」についての批判だから。唐入りと大名同士の戦ごっちゃにするとか

  10. 人間七七四年 | URL | -

    まあ事実滅んだしね

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