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下知につかずば

2018年02月05日 18:07

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/05(月) 14:55:26.63 ID:hwMsmEIU
軍法、兵略というものは、後代においていよいよ厳重となっていった。
北条家の侍に、大石平次兵衛という者が居たが、彼はこのような歌を詠んだ

『樊カイを あざむく武者を集めても 下知につかずば餓鬼にをとれり』

これを北条氏政聞き及び、「彼は一方の大将とすべき者である」と絶賛し、
実際に足軽百人を預けた。
この事があって、北条の諸侍はいよいよ法度を守るようになったという。

(北條五代記)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    樊噲を引き合いに出すまでもなく坂東武者はモンスターみたいのがゴロゴロいるからなあ
    個々の武勇を恃んだ昔ながらの戦からの脱却は関東を支配し中央勢力とも互していくためにも切実な問題だったんだろうな

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