御最後の時、さぞかし私の事も

2018年02月09日 21:04

528 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/09(金) 08:31:11.41 ID:LuXzig//
細川幽斎・忠興父子により、丹後弓木城主である一色五郎(義定)が謀殺された後、
幽斎の娘であったその内室は宮津へと帰った。そこで一色五郎の討たれた終止を聞くと、
その最期の時を想い深く嘆いて過ごした。彼女はこのように語った

「過ぎし八日の卯の刻(午前6時ころ)、殿は私に向かってこう仰られました

『今日は細川殿と対面する。我が家と細川殿、互いの先祖は親しくして代々公方様へ仕えつつ。
ここかしこの戦において、互いに頼み頼まれ、力を合わせてきたと見える、古い文なども
今に残っている。子孫の末となったが、昔を思えば懐かしく、またこのように親子の縁となった
宿縁の浅からぬ不思議さよ。』

そうしていつもより丹念に、馬鞍をきれいに装わせて弓木を出発されました。
私が一色に嫁いでより、あのように賑々しい供人にて、いづくの地へも出かけたことはありません
でしたから、私もひとしお嬉しく、城の窓から一行を見送りました。
須津の浜道を過ぎ山路に差し掛かると、そのあたりを覆っていた朝霧も吹き払われ、とても幽幻な
姿に写りましたが、それもやがて松陰に見失い、供人も見えなくなり、心の中にやるせない思いを成し、
そぞろに涙がこぼれそうになりましたが、忍んでそのような姿を人に見せませんでしたが、なにやら
不吉な気もして、盃を出させ、女房たちも慰めました。

それなのに、思いの外の事があって失せさせられた哀しさよ。
このような企てが有ったとは、夢にも知りませんでしたが、御最後の時、さぞかし私の事も
恨まれたでしょう。」

そう、明け暮れに嘆かれたという。

(丹州三家物語)



529 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/10(土) 14:30:50.66 ID:xivEyj3j
兄が基地外だと普通の男が優しく見えるようだ

530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/02/10(土) 15:31:24.86 ID:7B7liXrt
三斎様の眉間の刀傷ってこれが原因か?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これが三歳様に一太刀浴びせた妹御か
    意外に三歳様も妹には甘かったようで、その後嫁に行ってまた一騒動あったみたいやな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ガンダムみたいに背後から銃でズギュンされなくて良かったな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    実力があっても運が無いとダメって典型例だな。
    明智に付く以外の選択肢は無かっただろうに。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    三斎さんの妹でいるのと悪久さんの妹でいるのは
    どちらがマシだろうかとふと考えてしまった。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    丹後勢は羽柴の担当地域と隣接してる上に、近隣最有力諸侯の細川が中立決め込んでるんで選択肢が明智一択かと言われるとかなり微妙
    信忠死亡、信孝関西、森は信濃と後方の身の終わりが統治者不在で明智の圧力に対抗しようがない近江とかに比べたら選択肢はそれなりにあったはず

  6. 人間七七四年 | URL | -

    後の人間が当時の情報収集や連絡状況並びに個人の人間関係を考慮せずに選択云々を語っても
    どうしても無理があると感じてしまう。
    やはりこればっかりは後世の人間だから言える部分となってしまうのでは無いでしょうか?
    むしろ、細川家が明智家に付かなかった事の方が当時の関係者には以外に見えたと思う。

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