FC2ブログ

欲の熊鷹股裂くる

2018年03月08日 18:32

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/08(木) 10:35:06.04 ID:RnHAl6SO
天正6年8月中旬の頃、大友宗麟公は豊筑肥の大軍を擁して日向に馬を向けた。
日向国は豊後の分国として本来属していたのだが、近年は漸く半国ばかりが大友の手に属し、
残りは皆御手に従わなかった。そのため、大友に属す半国の内、土持の城を御隠居所として
宗麟公は御座を移され、依然命に従わぬ残り半国を従わせるため大軍を起こし御弓箭に及んだのだ。
諺に言う『欲の熊鷹股裂くる』(あまりに欲が深いと、自分の身に災いをもたらすというたとえ)
というが、後になってその事を、思い知らされたのである。

当時は切支丹が行われていた最中であった。軍の首途として、松原八幡に矢入をし、社人のうち
害意を企てる者があるようなら討ち果たすよう命じられた。
しかしこのような中、松原八幡の社人衆は「八幡への報恩は今こそ」と決意し、鉾をよこたえ
兵仗を帯び身命を惜しまず、攻撃を加えられれば即座に反撃する姿勢を取った。これを見た寄せ手衆は
社人たちに気圧されている体に見えた。

『神いかり人恨れば必ず災害す』とはこのような事を申すのであろう。このように、まだ戦わぬ内から
早くも負けたような様子では、今度の御弓箭ははかばかしい事はないだろうと、人々みな眉をひそめた。

かくして、大軍を擁しながら、八幡宮への矢入は不吉の表れた事だったとは、後になって思い合った。
人々が案じたように、日向高城の一戦において立ちどころに敗北し、あまつさえ元々支配していた
日向半国すら敵に侵攻され、宗麟公は豊後へと引き取った。

これ以来、諸国の諸将は大友家より自立し、胡越千年の隔たり(気持ちが全くあわない事)となった。

(高橋紹運記)



589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/09(金) 23:50:29.63 ID:eFeStxnL
>>587
>諺に言う『欲の熊鷹股裂くる』(あまりに欲が深いと、自分の身に災いをもたらすというたとえ)

龍造寺隆信「呼ばれたような気がしないでもない」
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    日向半国って言っても大友従属は今でいう延岡市のみ、日向全体の八分の一でしかないんだけどね

    当時は半国って言葉しかなかったのかも知れんけど、なんだかなぁとは思う

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/11192-020aa317
この記事へのトラックバック